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環状紅斑は,デルマドロームの一つとして重要な皮 膚疾患である.環状紅斑にはシェーグレン症候群や亜 急性皮膚エリテマトーデスのように膠原病に関係する もの,匍行性迂回状紅斑のように内臓悪性腫瘍に関係 するもの,ボレリアによる慢性遊走性紅斑や A 群 β 溶連菌によるリウマチ性環状紅斑のように感染症に伴 うものなどがある.さらに,遠心性環状紅斑や単に環 状紅斑と呼ばれるものの中にも,病巣感染や悪性腫瘍 に伴うものが含まれる.本稿では,種々の環状紅斑を 原因別に分類して,それぞれを概説した. はじめに 環状紅斑は,環状あるいは連圏状を呈する紅斑症の 総称である.基礎疾患を伴うものが多いことから,デ ルマドロームのひとつとして重要な皮膚疾患に位置づ けられている. 臨床的に特異なものは,壊死性遊走性紅斑や慢性遊 走性紅斑のように特別な病名があり,基礎疾患が明確 なものは,シェーグレン症候群に伴う環状紅斑のよう に基礎疾患名を付けて呼ばれている.しかし,固定性 地図状紅斑(erythemafiguratumperstans),固定性迂 回状紅斑(erythema gyratum perstans)のように特別 な名称がついていても,疾患の定義や位置づけが明確 ではなく,すでにほとんど使用されていない病名もあ る. 一方,特徴的な臨床像や明らかな原因がないものは, 単に環状紅斑と呼ばれていることが多い.このような 紅斑を,今村は非定型環状紅斑 と記載している.また, や Ackerman は,遠心性環状紅斑を,病理組織学 的に深在型と表在型にわけ,Darier の報告した従来の 遠心性環状紅斑を深在型に含めている.この分類に従 えば,これまで単に環状紅斑と呼ばれていたものの多 くは,表在型遠心性環状紅斑に含まれる. 特別な名称が定着して用いられているものでは,臨 床像と基礎疾患が対応しているものが多く,デルマド ロームとして扱いやすいが,実際の臨床の場では,そ れ以外の環状紅斑に遭遇することが多い.その場合に は様々な原因があるため,全身検索によって基礎疾患 を見つけることになる.本稿では,辻ら の考えに従っ て環状紅斑を総称としてのみ用いることとし,環状紅 斑を原因別に分類して(表1),概説した. 1.膠原病に伴う環状紅斑 環状紅斑を伴う膠原病には,シェーグレン症候群や 亜急性皮膚エリテマトーデスなどがある.いずれも環 状紅斑から診断にいたることも多く,最初に考えなけ ればならない原因の一つである. (ア)シェーグレン症候群に伴う環状紅斑 シェーグレン症候群は耳下腺,顎下腺,涙腺などの 外分泌腺が障害される,中高年女性に好発する自己免 疫疾患である.シェーグレン症候群に伴う環状紅斑は, 1981 年に臼田ら によりはじめて報告され,当初は再 発性遠心性環状紅斑などの名称で呼ばれていた.1980 年代以降に抗 SS-A! RO 抗体や抗 SS-B! La 抗体の関与 が明らかとなり )~,現在では自己抗体に関連する特徴 的な皮膚症状と考えられている.シェーグレン症候群 に伴う環状紅斑は顔面に好発し,紅斑は環状ないしは 弧状を呈して辺縁が隆起し,徐々に遠心性に拡大する. 通常は瘙痒はなく,鱗屑を伴わない(図1a).病理組織 学的に表皮に変化はなく,真皮全層の血管と汗腺の周 囲にリンパ球を主体とする炎症細胞浸潤を認める(図 1b).エリテマトーデスの合併などがなければ,蛍光抗 体直接法は陰性である. 検査所見では,抗 SS-A! RO 抗体や抗 SS-B! La 抗体 を検出する.個疹は 1~2 カ月持続し,色素沈着を残さ ずに自然消退する.亜急性皮膚エリテマトーデスに伴 う環状紅斑とは,臨床的には鱗屑や萎縮を伴わない点 で,病理組織学的には液状変性を欠き表皮の変化に乏 しい点で鑑別される. 4.環状紅斑 竹中 祐子 伸和(東京女子医科大学) 日皮会誌:118(12),2407―2414,2008(平20)

4.環状紅斑drmtl.org/data/118122407j.pdfSLEやSCLE,シェーグレン症候群などに罹患して いる抗SS-A RO抗体や抗SS-B La抗体陽性の母親か ら,自己抗体が経胎盤性に移行することで,生後1カ

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要 約

環状紅斑は,デルマドロームの一つとして重要な皮膚疾患である.環状紅斑にはシェーグレン症候群や亜急性皮膚エリテマトーデスのように膠原病に関係するもの,匍行性迂回状紅斑のように内臓悪性腫瘍に関係するもの,ボレリアによる慢性遊走性紅斑やA群 β溶連菌によるリウマチ性環状紅斑のように感染症に伴うものなどがある.さらに,遠心性環状紅斑や単に環状紅斑と呼ばれるものの中にも,病巣感染や悪性腫瘍に伴うものが含まれる.本稿では,種々の環状紅斑を原因別に分類して,それぞれを概説した.

はじめに

環状紅斑は,環状あるいは連圏状を呈する紅斑症の総称である.基礎疾患を伴うものが多いことから,デルマドロームのひとつとして重要な皮膚疾患に位置づけられている.臨床的に特異なものは,壊死性遊走性紅斑や慢性遊走性紅斑のように特別な病名があり,基礎疾患が明確なものは,シェーグレン症候群に伴う環状紅斑のように基礎疾患名を付けて呼ばれている.しかし,固定性地図状紅斑(erythema figuratum perstans),固定性迂回状紅斑(erythema gyratum perstans)のように特別な名称がついていても,疾患の定義や位置づけが明確ではなく,すでにほとんど使用されていない病名もある.一方,特徴的な臨床像や明らかな原因がないものは,単に環状紅斑と呼ばれていることが多い.このような紅斑を,今村は非定型環状紅斑1)と記載している.また,辻2)や Ackerman3)は,遠心性環状紅斑を,病理組織学的に深在型と表在型にわけ,Darier4)の報告した従来の遠心性環状紅斑を深在型に含めている.この分類に従えば,これまで単に環状紅斑と呼ばれていたものの多くは,表在型遠心性環状紅斑に含まれる.特別な名称が定着して用いられているものでは,臨床像と基礎疾患が対応しているものが多く,デルマドロームとして扱いやすいが,実際の臨床の場では,そ

れ以外の環状紅斑に遭遇することが多い.その場合には様々な原因があるため,全身検索によって基礎疾患を見つけることになる.本稿では,辻ら2)の考えに従って環状紅斑を総称としてのみ用いることとし,環状紅斑を原因別に分類して(表 1),概説した.

1.膠原病に伴う環状紅斑

環状紅斑を伴う膠原病には,シェーグレン症候群や亜急性皮膚エリテマトーデスなどがある.いずれも環状紅斑から診断にいたることも多く,最初に考えなければならない原因の一つである.

(ア)シェーグレン症候群に伴う環状紅斑シェーグレン症候群は耳下腺,顎下腺,涙腺などの外分泌腺が障害される,中高年女性に好発する自己免疫疾患である.シェーグレン症候群に伴う環状紅斑は,1981 年に臼田ら5)によりはじめて報告され,当初は再発性遠心性環状紅斑などの名称で呼ばれていた.1980年代以降に抗 SS-A�RO抗体や抗 SS-B�La 抗体の関与が明らかとなり6)~8),現在では自己抗体に関連する特徴的な皮膚症状と考えられている.シェーグレン症候群に伴う環状紅斑は顔面に好発し,紅斑は環状ないしは弧状を呈して辺縁が隆起し,徐々に遠心性に拡大する.通常は瘙痒はなく,鱗屑を伴わない(図 1a).病理組織学的に表皮に変化はなく,真皮全層の血管と汗腺の周囲にリンパ球を主体とする炎症細胞浸潤を認める(図1b).エリテマトーデスの合併などがなければ,蛍光抗体直接法は陰性である.検査所見では,抗 SS-A�RO抗体や抗 SS-B�La 抗体を検出する.個疹は 1~2カ月持続し,色素沈着を残さずに自然消退する.亜急性皮膚エリテマトーデスに伴う環状紅斑とは,臨床的には鱗屑や萎縮を伴わない点で,病理組織学的には液状変性を欠き表皮の変化に乏しい点で鑑別される.

4.環状紅斑

竹中 祐子 林 伸和(東京女子医科大学)

日皮会誌:118(12),2407―2414,2008(平20)

皮膚科セミナリウム 第 43 回 蕁麻疹と紅斑症2408

表1 環状紅斑の基礎疾患による病名の分類

1.膠原病に伴う環状紅斑(ア)シェーグレン症候群に伴う環状紅斑(イ)亜急性皮膚エリテマトーデスに伴う環状紅斑(ウ)新生児エリテマトーデスの環状紅斑2.内臓悪性腫瘍に伴う環状紅斑(ア)壊死性遊走性紅斑(necrolytic migratory erythema)(イ)匍行性迂回状紅斑(erythema gyratum repens)3.感染症に伴う環状紅斑(ア)慢性遊走性紅斑(erythema chronicum migrans)(イ)リウマチ性環状紅斑(rheumatic annular erythema)4.その他の環状紅斑(ア)遠心性環状紅斑(erythema annulare centrifugum)

①深在型遠心性環状紅斑②表在型遠心性環状紅斑(単に環状紅斑と呼ばれているものの多くを含む)

(イ)その他①血管神経性環状紅斑(erythema annulare angioneuroticum)②家族性環状紅斑(familial annulare erythema)③固定性地図状紅斑(erythema figuratum perstans)④固定性迂回状紅斑(erythema gyratum perstans)

(イ)亜急性皮膚エリテマトーデス(subacute cuta-

neous lupus erythematosus:以下 SCLE)に伴う環状紅斑エリテマトーデス(lupus erythematosus:LE)に伴う皮疹は,慢性型,亜急性型,急性型と分類され,さらに亜急性型の皮膚症状は,papulosquamous type とannular polycyclic type の 2 つにわけられる.本邦では後者が多く9),SCLEに伴う環状紅斑と呼ばれている.臨床的には,顔面,頸部,上背部,上腕伸側などの露光部を中心に両側性にみられ,辺縁が堤防状に隆起し,多くは鱗屑をのせる紅斑(図 2a, b)で遠心性に拡大する.瘢痕や萎縮は残さない.病理組織学的には,表皮の萎縮と軽度の過角化があり,表皮基底層に液状変性を認める.高度の過角化や角栓形成はない.真皮の血管や付属器周囲にリンパ球や組織球の浸潤を見る.蛍光抗体直接法では,基底層に IgGの沈着を認める.SCLEは,全身症状を伴う全身性エリテマトーデス

(systemic lupus erythematosus:SLE)と皮膚症状のみの皮膚限局性 LE(cutaneous lupus erythemato-sus:CLE)との中間に位置する中間型 LE(intermedi-ate LE:ILE)ないしは SLEに相当し10),SLEに準じて全身検索を行い,内臓病変の有無を確認する.SCLEに伴う環状紅斑は副腎皮質ステロイド薬の外用で反応

するが,内臓病変があれば,それぞれに対しての加療が必要になる.

(ウ)新生児エリテマトーデス(neonatal lupus

erythematosus:以下 NLE)の環状紅斑SLEや SCLE,シェーグレン症候群などに罹患している抗 SS-A�RO抗体や抗 SS-B�La 抗体陽性の母親から,自己抗体が経胎盤性に移行することで,生後 1カ月頃の新生児の頭部や顔面に強い浸潤を触れる堤防状の環状紅斑(図 3a,b)を一過性に生じる11)~14).新生児の血中から母親由来の抗体が消失するのと時期を同じくして,生後 6カ月頃に皮疹は自然消退する.時に,先天性房室ブロック,血小板減少,白血球減少,溶血性貧血などを伴うことがある.先天性房室ブロックを合併しなければ,予後の良好な疾患である.病理組織学的には,表皮の液状変性と真皮上層の浮腫を認める.毛包および真皮上層の血管周囲に単核球の浸潤を認めるが,程度は様々である.抗 SS-A�RO抗体が陽性の母親から,NLE児を出産する確率は 1~2%,抗 SS-A�RO抗体および抗 SS-B�La 抗体の両者が陽性の場合は 5%程度とされる15).また,抗 SS-A�RO抗体とNLEの心症状との関連が示唆されている13).母親の subclinicalシェーグレン症候群が判明するケースもあるので,必要に応じて患児とともに母親の精査もすすめる.

4.環状紅斑 2409

図1a シェーグレン症候群に伴う環状紅斑71歳,女性.背部に爪甲大までの環状の紅斑を認める.瘙痒はない.

図1b aの病理組織像真皮上層の血管及び汗腺周囲にリンパ球浸潤を認める.表皮の変化はない.

図2a,b 亜急性皮膚エリテマトーデスに伴う環状紅斑23歳,女性.頬に鱗屑を付す鶏卵大の環状の紅斑を認める.辺縁で浸潤を強く触れる.前腕にも同様の紅斑あり.

a b

2.内臓悪性腫瘍に伴う環状紅斑

内臓悪性腫瘍に伴う環状紅斑には,特徴的な皮疹を呈する壊死性遊走性紅斑や匍行性迂回状紅斑が含まれるが,明確な特徴を有していないことも多い.高齢者で膠原病などの基礎疾患がなく,瘙痒が強く種々の治療に反応が乏しい環状の紅斑を見た場合は,まず内臓悪性腫瘍の存在を念頭に置き,全身検索を進める.内臓悪性腫瘍を伴う環状紅斑は,悪性腫瘍の治療で皮疹

の軽快を見ることが多い.

(ア)壊 死 性 遊 走 性 紅 斑(necrolytic migratory

erythema)グルカゴノーマ症候群に伴い,表皮に壊死性変化を認める特徴的な臨床像を呈する.皮疹は,陰股部などの間擦部や四肢,臀部などの刺激を受けやすい部位に好発する.紅斑で初発し,容易にびらんとなり水疱,膿疱を混じ,痂皮化して色素沈着を残して消退する.

皮膚科セミナリウム 第 43 回 蕁麻疹と紅斑症2410

図3a,b 新生児エリテマトーデスの環状紅斑生後2カ月,男児.額,両頬,四肢に拇指頭大の環状の紅斑あり.辺縁で浸潤を強く触れる.

a b

図4a,b 壊死性遊走性紅斑52歳,女性.臀部から大腿にかけて,不整型で鱗屑や痂皮を混じる紅斑が散在する.一部は環状を呈する.(東京大学皮膚科学教室中島宏子先生の症例)

a b

多数の新生した皮疹は,中心治癒傾向を示しながら遠心性に拡大し,癒合して環状あるいは地図状,連圏状を呈する(図 4a,b).組織学的には,表皮の空胞変性と好酸性壊死を認める.近年,吸収不良症候群にも壊死性遊走性紅斑を生じ

ることが報告され16)17),アミノ酸の投与により皮疹の改善が見られている17).グルカゴノーマでは,高グルカゴン血症により肝臓でのアミノ酸の糖への代謝とグリコーゲン分解が進み,低アミノ酸血症が起きることから,壊死性遊走性紅斑の原因は,低アミノ酸血症によっ

4.環状紅斑 2411

図5a 慢性遊走性紅斑35歳,左側腹部に刺咬部を中心に拡大する手大の環状の紅斑を認める.

図5b aの病理組織像真皮上層に浮腫があり,血管周囲に好酸球を混じるリンパ球の細胞浸潤を認める.

図6a 深在型遠心性環状紅斑77歳,女性.四肢に辺縁で浸潤を強く触れる鶏卵大までの環状を呈する紅斑を認める.表面に鱗屑は伴わない.瘙痒はない.

図6b aの病理組織像真皮上層,中層の血管周囲にリンパ球浸潤あり.

ておきる表皮のケラチンタンパク合成不良と考えられている17)18).

(イ)匍行性迂回状紅斑(erythema gyratum repens)1953 年 Gammel により始めて報告された疾患19)で,木目状の環状紅斑を生じ,内臓悪性腫瘍を高率に合併する.特に,肺癌の合併が多いとされる20).体幹や四肢に好発する紅斑は急速に遠心性に拡大しながら次々と中心部に新生し,瘙痒の強い木目状の環状紅斑となる.

組織学的には,真皮の血管周囲にリンパ球と好酸球を混じる細胞浸潤と表皮の軽度の海綿状態と不全角化を認める.腫瘍細胞の浸潤はない.原因となっている内臓悪性腫瘍の切除や化学療法などの治療を行うと,皮疹の軽快がみられる21).

3.感染症に伴う環状紅斑

(ア)慢性遊走性紅斑(erythema chronicum mi-

grans)ボレリア(Borrelia burgdorferi)によるライム病の一症状である.マダニの刺咬の数日から一カ月後に,刺咬部に生じた紅色丘疹を中心に遠心性に拡大して,数

皮膚科セミナリウム 第 43 回 蕁麻疹と紅斑症2412

図7a 悪性腫瘍に伴う表在型環状紅斑

67歳,男性.両腋窩から側腹部に鳩卵大までの環状の紅斑が集簇した手掌大の局面を認める.一部に落屑を認める.瘙痒あり.膵臓癌の精査中に生じた.木目状を呈していなかった.膵臓癌の切除術2週間後に,皮疹は完全に消失した.

図7b aの病理組織像表皮にリンパ球の侵入,真皮上層の血管周囲にリンパ球主体の細胞浸潤を認める.

cmにも及ぶ境界明瞭な鮮紅色の環状紅斑(図 5a)を呈する.好発部位は四肢であり,瘙痒や灼熱感を伴うこともある.また,中心の刺咬部は硬結や潰瘍となることもある.適切な治療を受けずに血行性にボレリアが散布すると,心膜炎,心内膜炎,顔面神経麻痺などの神経症状などの全身症状が出現し(第 II 期),さらに萎縮性慢性肢端皮膚炎や末梢神経症状をみる(第 III期).紅斑部の病理組織学所見では表皮の変化はなく,真皮上層の浮腫と真皮から皮下脂肪織にかけての血管及び汗腺周囲性の好酸球や形質細胞を混じるリンパ球を主体とする炎症細胞浸潤を認める(図 5b).確定診断には, Warthin-Starry 銀染色によるボレリアの染色,抗ボレリア抗体の確認や皮膚からのボレリアの培養,同定が行われている.特に紅斑の辺縁部からの組織培養が陽性になりやすいとされる22).環状紅斑は,テトラサイクリン系やペニシリン系の抗菌薬内服により速やかに消失するが,刺咬部の病変は紅斑が数週間にわたり残存することがあり,消失するまで内服を継続する.

(イ)リウマチ性環状紅斑(rheumatic annular

erythema)リウマチ性環状紅斑は,A群 β溶連菌による感染症であるリウマチ熱の一症状で,心膜炎,心筋炎,弁膜炎などの心疾患を伴う.リウマチ熱の 5~30%に見られる21).したがって,リウマチ熱やリウマチ性環状紅斑は,膠原病の一つであるリウマチとは無関係である.リウマチ性環状紅斑は,リウマチ熱の活動期に出現することが多く,紅斑は急速に拡大して環状あるいは癒合して地図状を呈する.体幹や四肢近位部に好発し,顔面には見られない23).瘙痒などの自覚症状はなく,数日間で消退するが,数週間にわたり再燃を繰り返す.時に蕁麻疹との鑑別を要する.病理組織学的には真皮上層の血管周囲に好中球の浸潤と核塵を認める24).

4.その他の環状紅斑

(ア)遠心性環状紅斑(erythema annulare centri-

fugum,Darier)遠心性環状紅斑は,1916 年 Darier により始めて報告された4).主に四肢中枢側や体幹に紅斑や丘疹で初発し,遠心性に拡大して,環状,弧状あるいは連圏状を呈するようになる.辺縁は浸潤が強く堤防状に隆起し,表面に鱗屑は伴わない.瘙痒は軽く,紅斑の周囲に丘疹を認めない(図 6a).個疹は数週間で中心より退色化し,軽度の色素沈着を残して自然消退するが,しばしば出没を繰り返す.病理組織学的には表皮に変化はなく,真皮乳頭層の軽度の浮腫と真皮上層および中層の血管周囲性のリンパ球主体の細胞浸潤がある(図 6b).

4.環状紅斑 2413

時に,真皮全層の血管周囲に密なリンパ球浸潤が見られることがあり,coat-sleeve 様と称する.現在では,Darier が報告した古典的な遠心性環状紅斑を深在型遠心性環状紅斑とし,より浅層あるいは表皮の変化を伴うものを表在型遠心性環状紅斑とする考え方がある2)3).この分類では,従来から特徴的な所見がないために単に環状紅斑と診断していた症例の多くは,表在型遠心性環状紅斑に含まれることとなる.治療は副腎皮質ステロイド外用や抗ヒスタミン薬の内服を行うが,数カ月から数年にわたって皮疹の出没を繰り返し慢性に経過することもある.多くは原因が不明であるが,特に難治性のあるいは再発性の環状紅斑を見た場合には,原因疾患となりうる感染病巣や悪性腫瘍(図 7a,b),自己免疫疾患の検索が重要になる.

(イ)その他の環状紅斑①血管神経性環状紅斑(erythema annulare an-

gioneuroticum)30 代前後の比較的若年者に生じ,四肢を中心として環状または孤状を呈する軽度に隆起する紅斑である.数時間で自然消退するため蕁麻疹の一種とも考えられている1)が,瘙痒はなく,出没を繰り返す.②家族性環状紅斑(familial annular erythema)家族性環状紅斑は,新生児期から小児期に発症する常染色優性遺伝を示す環状紅斑である24).③固定性地図状紅斑(erythema figuratum perstans)④固定性迂回状紅斑(erythema gyratum perstans)固定性地図状紅斑25)と固定性迂回状紅斑26)は幼小児期に発症する環状の紅斑で,数週間で消失するが再発を繰り返し,長年にわたり出没する.遺伝性はない.これら 4つの疾患は一部の教科書では現在も扱われているが,最近 20 年間の報告はなく,疾患としての独立性が疑問視されている1).

5.環状紅斑と鑑別すべき疾患

環状紅斑と鑑別を要する他疾患として,宮川は27)遠

心性丘疹状紅斑,多形滲出性紅斑,蕁麻疹,自己免疫性水疱症,サルコイドーシス,環状肉芽腫,乾癬,菌状息肉症,皮膚結核,Hansen 病,環状型扁平苔癬などをあげている.いずれも臨床的に環状を呈するが,丘疹の存在や病理組織像から鑑別は容易である.代表的なものについて述べる.遠心性丘疹性紅斑(erythema papulatum centri-fugum:Watanabe)は,1972 年に渡辺ら28)により命名された.好発部位は体幹または四肢近位側である.初発は丘疹であり,強い瘙痒のために搔破を繰り返していると,数 cm以上におよぶ大きな不完全な環状の紅斑を呈する.紅斑の周囲には紅色丘疹が散在する点が遠心性環状紅斑とは異なる.病理組織学的には,真皮上層の血管周囲および汗腺周囲に単核球主体の細胞浸潤を認める.治療に抵抗性であり年余にわたり再発を繰り返す.原因は不明である.多形滲出性 紅 斑(erythema exsudativum multi-forme)は,薬剤や感染症などの原因で生じる滲出性傾向の強い紅斑で,主に左右対称性に四肢に生じ,標的状を呈する.環状肉芽腫(granuloma annurale)は,境界明瞭な浸潤を強く触れる紅斑で,辺縁は堤防状に隆起し中央は陥凹する.自覚症状はない.病理組織学的に,変性した膠原線維を取り囲むように柵状の類上皮細胞肉芽腫を認める.

おわりに

環状紅斑の病名を整理し,それぞれについて概説した.環状紅斑の多くは特徴が乏しく,原因も不明のままに自然治癒をまつこともある.また,年余にわたり再燃を繰り返す難治な症例を経験することもある.環状紅斑を見た場合は,原因疾患の検索を十分に行っておくことが臨床的に重要なポイントである.環状紅斑の病因や発症メカニズムには不明なところが多く,今後のさらなる解明が望まれる.

文 献

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皮膚科セミナリウム 第 43 回 蕁麻疹と紅斑症2414

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