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科学と人間 第2セッション 第2話 江戸の「エセ」科学 桑原 恵

第2セッション 第2話 - web.ias.tokushima-u.ac.jp...博物学・本草学・医学・西洋画の画法など 18世紀後半には顕微鏡が伝来 顕微鏡で雪の結晶を観察して記録した大もいました。

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科学と人間

第2セッション

第2話

江戸の「エセ」科学

桑原 恵

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まず最初に

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これは「草木撰種録」 というものです。

1828年12月に、千葉県香取郡松沢村の庄屋であった宮貟定雄という人が出版した、作物の種子選び書です。

これは、1枚刷りで売り出され、1年間で確認できるだけでも1800部ほど売れた、ベストセラーでした。

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さて、内容は・・・

表題に当たる部分には、「草木撰種録(さくもつ

たねえらみ)男女之図」とあり、その下には、

「天地の間にあらゆる万物も普く男女の差別あ

りて、五穀竹木にいたるまで女種を植えれば莫

大の益あり」と書かれている。

↓意味は

「この世に存在する全てのものには、男女の違

いがあり、穀物から竹木まで女の種を植えると

豊作となる。」

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詳しくみると・・・

稲:茎の本枝の数が、2本→女、1本→男

里芋:茎から葉の出る出方が、

右巻→女、左巻→男

大根:晴天の日中に葉がしおれるもの→女

ゴボウ:晴天の日中に葉がしおれる→女

空豆:ほぞの黒いもの→女

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さて、皆さんクイズです。

このような、印刷物がベストセラーになった理由は、以下のどれだと思いますか?

17%

33%37%

13%

1 2 3 4

1. 江戸時代は科学的な思考のできない遅れた社会だったから。

2. 実際に存在する植物の雌株・雄株の研究が発展してこのようになった。

3. ただの迷信が蔓延した。

4. 実は現代にも通じる「真理」だ。

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講義の内容

~草木雌雄説の発生と展開~ 1.江戸時代の農書

2.学者の農書 ~儒学思想と西洋科学~

3.草木雌雄説の発生と展開

4.草木雌雄説と平田派国学

5.雌雄説が受容された背景

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1.江戸時代初期の農書 (地名は全て現在の地名)

17世紀中期以降、各地で数多くの農書が書かれる

『清良記』(17世紀前半)作者不詳

愛媛県宇和島地方

『百姓伝記』(17世紀後半)作者不詳

愛知県東部から静岡県西部

『会津農書』(17世紀後半)農民の著

福島県会津若松地方

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江戸時代初期の農書に共通する内容

土壌・肥料・農具・品種・作付け方法・農業経営など

誰に対して書かれたのか?

著者の子孫 や 地域の人々の子孫

→限られた地域の人に向かって、限定的な農業技術を伝承

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農書の意義

このような農書は江戸時代を通じて作成され続ける。

広まり方:写本として(書き写して伝えられる)

内容は、経験を踏まえた実用書

科学的な証明はなされていない。

けれども

役に立つ。

(地域の実情に合わせていて意義がある)

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2.学者の農書

~儒学思想と西洋科学~

江戸時代の三大農学者

宮崎安貞(1623-1697)

大蔵永常(1768-1860?)

佐藤信淵(1769-1850)

学者の農書は主に

18世紀以降に書かれている

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学者の農書の特徴

1.地域性をなくしている

→全国の人を対象とする

2.一般化・普遍化を目指す

「真理」の提示

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宮崎安貞の農書

『農業全書』(1697年刊)

<内容と特徴>

①諸国を遍歴して見聞した知識

②貝原益軒・楽軒(朱子学者)の協力

③中国(明)の農書『農政全書』(1639)を参考

※綿の栽培方法を具体的に記述

→商品作物栽培を奨励

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18世紀前期に、科学書の輸入が許可

(享保の改革の殖産興業政策)

西洋科学(蘭学)が盛んになる

博物学・本草学・医学・西洋画の画法など

18世紀後半には顕微鏡が伝来

顕微鏡で雪の結晶を観察して記録した大名もいました。 『紅毛雑話』(1787年刊)(桂川甫周著)には、顕微鏡が紹介

「長崎大学附属図書館デジタルアーカイブズ」で閲覧が可能

http://www.lb.nagasaki-

u.ac.jp/search/ecolle/igakushi/zatsu/komozatsuwa.html

ちょっと話は変わりますが・・・

西洋科学の流入

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ミコラスコービユンの図

此所より見る

虫をはさむ(み)たる

板をここへおく

かがみ

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顕微鏡で蚊を見て写生した図

口ハ管なり

中より針を出す

眼奥黒にして

魚子を・・・・・

如し

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大蔵永常(1768-1860?)の農書

大分県日田の農民出身、諸国を放浪、渡辺崋山に師事

経世家 農書と西洋科学の融合

19世紀初めから農書を刊行

出版目的:農家の役に立ちたい

諸国の農具・農法を他国でも取り入れて

技術改良を奨励

豊富な挿絵・具体的な記述内容で、実用書として広く読まれた

『農具便利論』『広益国産考』『再種方』『同附録』など

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蜂蜜を製する図

『広益国産考』(『日本農書全集』14巻から

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葡萄棚の図

甲州(山梨県)で多く生産され、江戸に持ち込まれて高く売れた。

葡萄の作り方、保存の仕方、干しぶどうの製造法などを詳細に説明している。

『広益国産考』(『日本農書全集』14巻から

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大蔵永常の農学

生物の体の成り立ちを4つの元素と太陽の暖気とで説明(特に肥料論と関係)

四元素(土・水・塩・油) +

太陽の恵み(暖気) →植物の生育 永常は、科学の正しさを信じ、農民の経験的な知識の実用性も重視。( 『再種方附録』(1832

刊)では、稲の開花の顕微鏡観察図を載せる)

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さて、皆さんクイズです。

草木雌雄説はどの段階で登場するでしょう?

16%

33%

21%

30%

1 2 3 4

1. 古代から伝えられていた。

2. 経験を記した農書にすでに雄雌と書かれていた。

3. 農学者の農書に初めて登場した。

4. 西洋科学が紹介されて、めしべとおしべの概念が発展して雄雌説になった。

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3.草木雌雄説の発生と展開

「草木雌雄説」とは:草や木にも雌雄があるとの説

特に種の選別の際に強調され、重視された

農書での初見は:『農業全書』とされる

根拠:『農業全書』では「雌穁」という言葉の使用

でも、雌雄説の本格的な展開は、

→小西篤好『農業余話』(1828年1月刊)

*彼は、出版前に平田篤胤に原稿をチェックしても

らっている。

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草木雌雄説の展開

・講義の最初にみた「草木撰種録」も平田篤胤に原稿を送り、平田篤胤が出版している。

・出版年は、「農業余話」とほぼ同時期。

農業余話:1828年1月

草木撰種録:1828年12月

草木雌雄説と平田派国学の関係があやしい!

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誰も否定しなかったの?

大蔵永常が

『再種方附録』で初めて否定した。(1832年)

永常は、顕微鏡で稲の花の受粉を観察して、稲には雌雄がないことを証明。

でも、明治20年代まで雌雄説が継承されたとされる。

大蔵永常が否定したことを受容した人は尐数

・・・なぜ?

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まずは、『農業全書』の記述から

• 「種子選び」の項の宮崎安貞の文章を現代語にすると、

「全ての物の種選びは重要である。稲では、丁度良く熟した穁、すなわち女穁を選んで取っておくように。女穁というのは、籾が沢山ついて、茎や葉がしなやかで、節が高くない穁のことをいいます。」

つまり、

「一般的に女穁と言われている穁の籾を種にするとよい」ということ。

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『農業全書』の記述が意味していることは?

宮崎安貞が調べた時点で、

一般に、良質の種を「女性」の種と表現する傾向

「女性=子供を産む→豊作」というイメージ

つまり

好く実る種=良質の種子

=女の種子だと言われる

*「種には男女の別がある」とは言っていない。

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平田派国学:平田篤胤(1776~1843)の提唱

した国学

<今日の講義との関連の部分だけをみると>

・モノの誕生を「ムスビの神の徳」として捉える

・「男女のムスビ」を重視する

・日本を「神の子孫」が統治する国として世界でもっとも優秀と主張(根拠は日本の神話)

・「西洋科学も古代に日本の神がヨーロッパに伝えた」 とする

→西洋天文学を取り込んでも「国学」

4.草木雌雄説と平田派国学

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平田派国学の門人は19世紀には、全国各地に

西洋科学も受容しつつ、各地の土俗的な思想を取り入れて展開

人間がムスビの神によって造られたものであることを自覚して勤勉に生きることを主張

生前の勤勉さが神に認められて死後救済さ

れると説く。(キリスト教の影響)

村落指導者層に多数の門人→各地へ

草木雌雄説を展開した二人(宮貟と小西)は、ともに平田篤胤の門人

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簡単にまとめると

国学は、「日本の神話には宇宙形成の真理が書かれている」と信じる。

「ムスビの神の徳から万物が生まれた」と信じる。

日本の国もイザナギとイザナミという夫婦神によって生み出されている。

万物は「男女の結びつき」から生まれるのだ。

ということになります。

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作物も男女の結びつきから生まれるのだ

子供を産むのは女性だ

女の種を選ぶと沢山の子供ができるはずだ。

女の種を選ぶ方法を確立して広めることは生産力向上に貢献する=農民の役に立つ

わかりやすくしよう=図にしよう!

→草木撰種録の成立

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「男女が結ばれると生命が誕生する」ということについて、以下のどれが正しいでしょうか?

13%

13%

67%

2%5%

1 2 3 4 5

1. どのような生命にも男女の結びつきが必要だ。

2. 時と場合による。

3. 生物によっていろいろ。

4. 男女の結びつきと生命の誕生は全く無関係。

5. わからない。

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5.雌雄説が受容された背景

1.江戸時代初期から継承されてきた経験的な知識の存在

(いわゆる「雌穁」を種にすると豊作になる)

2.世界の万物はムスビの神の徳から生み出されたため、万物には男女がある」という国学の「真理」(国学者が信じている「真理」という意味)と融合

3.全ての作物の男女を見分ける方法の提唱

4.女と特定された種は、経験的に良質の種

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「真理」と経験的知識 草木雌雄説で意義があった部分は

良質の種として伝承されてきた形質

=真理は、ここに存するはず

しかし、国学的「真理」は、「万物には男女の別がある」ということ。

→雌雄説は誤りの説

しかし、「雌雄説で「女」と特定された種を選ぶと良質の種を選ぶことができる」

という「事実」の存在

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「真理」には誤りが、

でも結果は良好 草木雌雄説を信じて農業することが、豊作につながるという結果が存在。

→「結果が真理の正しさを証明しているでは ないか」と思ってしまう。

*大蔵永常も『採種方附録』で、雌雄説の誤りを指摘しながらも、以下のように述べていた。

「説は間違っているが、種選びの方法としては、有効である。」

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6.おまけ

変な雌雄説の提唱者佐藤信淵

(1769-1850) 佐藤信淵は、

秋田県出身、父に従い諸国を遍歴、

宇田川玄真(蘭方医)の弟子となり、

西洋科学(天文学)を学び、平田派国学も受容

自説を、祖先から受け継いだ「家学」とし、

「真理」として提唱

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例えば、

『気候審験録』(信淵の祖父の著を信淵が改訂と称する)

蘭学の天文学や地誌学に基づき、地球各地の気候について緯度と経度を示して、寒暖などを明示。

『鎔造化育論』(1842年成立)

上・中巻:西洋天文学を紹介

下巻:宇宙の成立が日本の神々の神機によると説く

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新製大円図

『鎔造化育論』上(『佐藤信淵家学全集』上巻から

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信淵の農書の特徴

西洋科学を取り入れ、「最新の科学の様相」

四元素(土・塩・水・油) + (太陽の恵)

→植物の生育

但し、太陽の恵み=ムスビの神の恩恵

(神機)

神道に科学を利用

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佐藤家五代の家学

当時広く受容されていた国学的発想を取り入れる

「植物の生育は、天地を造った神の意志によるもの」

「農業は天地の化育を補助する業」

→農業は、ムスビの神の意志を補助している

彼の説は、「佐藤家五代の家学」と主張

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信淵の草木雌雄説

佐藤信淵は、『草木六部耕種法』(1832年)で、草木雌雄説を主張

種子に雌雄ありとする

例えば、

根菜の種は雄の種を植えるべきだ

雄は真っ直ぐ伸びる性質、

雌は横に広がる性質だから

→信淵の説は、強い雄の種を良質とする説になっている。

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大根の雌雄と牛蒡の種 『草木六部耕種法』( (『佐藤信淵家学全集』下巻から

左から、牛蒡の雄種、雌種。雄大根、雌大根

牛蒡種の雄は、へた付きの方が尐し細長し

雌種は、首尾ともに大抵同様なるものなり。

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参考文献 飯沼二郎編『近世農書に学ぶ』

(NHKブックス、1976年)

川名登「農業要集・草木撰種録解題(1)」

(『日本農書全集』第3巻所収)

田中耕司「農業要集・草木撰種録解題(2)」

(『日本農書全集』第3巻所収)

田中耕司「農業余話解題」

(『日本農書全集』第7巻所収)

桑原恵「国学思想・農書にみる江戸時代の女性観」

(『新世紀男女共生社会へのメッセージ』

vol.10,2010年)

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ここからはアンケート

アンケートは2問

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もしもあなたが江戸時代の農民だったら、

誰の弟子になりますか?

14%

33%

6%8%

39%

1 2 3 4 5

1. 宮崎安貞

2. 大蔵永常

3. 佐藤信淵

4. 宮貟定雄

5. 渡部稔

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今日の講義に興味は持てましたか?

25%

26%16%

11%

23%

1 2 3 4 5

1. とても興味が持てた。

2. 尐しは興味が持てた。

3. どちらともいえない。

4. あまり興味を持てなかった。

5. 全く興味を持てなかった。