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第6章 筋系
筋系muscular systemは、骨格筋とその補助器官(滑液包、腱 鞘)から構成されてかつえきほう けんしよう
います。
骨格筋は、主として骨に付着し、骨を動かし、ヒトの体の動きをつくり、姿勢の維
持をおこないます。
また、骨格筋は、収縮時に熱を発生させ、体温の維持にも働きます。
標準的な体重のヒトでは、骨格筋は体重の30%~40数%を占めます。
図6-1 筋系を示す模式図
第1節 筋芽細胞が融合し骨格筋が形成・発育
図6-2 骨格筋を形成する筋節と体肢芽を示す模式図
体幹の骨格筋は体節から分化した皮筋板から発育しまたいせつ ひ きんばん
す。一方、体肢の骨格筋は体肢芽の間葉から発育、頭部たい し が かんよう
の骨格筋は沿軸中胚葉(体節分節と体節)に由来します。えんじくちゆうはいよう
受精後4週から5週頃に、完成した体節や体肢芽で形
成される前筋芽細胞 promyoblastから筋芽細胞ぜんきん が
myoblastが分化します。そして、筋芽細胞が骨格筋を形成する部位に移動するとともに分裂・増殖します。
受精後7週から9週に筋芽細胞が融合し、一次筋管きんかん
primary myotubeを形成します。一次筋管では、細胞の核は細胞の中心に位置するとともに、アクチン actinやミオシンmyosinなどのタンパク質でつくられた筋細
きんさい
線維の形成が始まります。一次筋管の中央部に新しい筋せん い
芽細胞が加わることで、二次筋管 secondary myotubeをつくります。
受精後14週から15週では一次筋管が主ですが、20週ま
でには二次筋管が多数となります。18週から23週頃に、
細胞の中心に存在していた核が細胞の周辺に移動し、筋
細線維の形成が盛んになり、神経筋シナプスが形成され
ます。
胎児期の後期に、最後の筋芽細胞は、成人の骨格筋に
図6-3 線維芽細胞から骨格筋線維の形成過程を示す
存在する筋衛星細胞myosatellite cellになります。筋きんえいせい
衛星細胞は、基底板と筋形質膜との間に存在します。筋
衛星細胞は、出生後、骨格筋の成長や骨格筋の障害の修
復(再生)に関与します。その時は、筋衛星細胞は、筋芽
細胞に変わり、分裂・増殖し、新しい骨格筋線維をつくり
ます。そのため、骨格筋は再生が良い器官です。
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第2節 骨格筋は骨格筋線維(細胞)が束ねられて形成
図6-4 骨格筋の構造を示す模式図
1.骨格筋の構造
骨格筋 skeletal muscleは、数百本から数千本の長く伸びた細胞である骨格筋線維(骨格筋細胞)と、骨格筋
線維を束ねる線維性結合組織とで構成されます。
個々の骨格筋線維は、繊細な疎性結合組織でつくられ
た筋内膜によって取り囲まれます。毛細血管や神経終末ないまく
が、筋内膜を貫通し、骨格筋線維に分布します。10数本
から200本前後の骨格筋線維は、密性結合組織で構成され
た筋周 膜perimysiumにより束ねられ、筋束muscleしゅうまく
fascicleを構成します。最終的に、骨格筋は、強靱な密性結合組織で構成された筋上 膜 epimysiumによって
じょうまく
多数の筋束が一つに束ねられたものです。筋上膜は、周
囲の線維性結合組織とともに強靱な筋膜 fasciaをつくきんまく
ります。
骨格筋線維には多量の血液が運ばれますので、豊富な
毛細血管網が筋内膜と筋形質膜との間にあります。もうさいけつかんもう
完成された骨格筋線維は、直径が10mmから100mmで、通常の長さは約10cmですが、時には30cmにもなります。
骨格筋線維の筋形質(細胞質)には、筋の収縮を引き起きんけいしつ
こす力を発生する数百本から数千本の筋細線維きんさいせん い
myofibrilが含まれます。筋細線維は、2種類の筋細糸myofilament (太い筋細糸、細い筋細糸)が束ねられたものです。筋細糸は収縮タンパク質から構成され、骨格
筋の収縮に重要な役割を果たします。細い筋細糸の一つ
の端は Z線に固定されています。また、二つの Z線の間を筋節 sarcomereと呼びます。
きんせつ
収縮タンパク質には、II型ミオシンmyosin(分子量
は460,000)(55%~60%)やアクチン actin(分子量は43,000)(約20%)、トロポミオシン tropomyosin(分子量は70,000)(約4.5%)、トロポニン troponin(分子量は18,000~35,000)(約5%)があります。
筋収縮は、アデノシン三リン酸(ATP)の分解によるエネルギーで発生した細い筋細糸(主成分はアクチン)と
太い筋細糸(主成分はミオシン)との間の滑走(sliding)によって、筋節の幅が短くなることによります(図6-5)。
きんせつ
骨格筋線維では横紋(明暗の縞模様)がはっきりと観察おうもん しまもよう
されますが、これは骨格筋線維の部位によって光の屈折
率が異なるためです。筋節には、暗い部位の A帯 Abandと、明るい部位の I帯 I bandとがあります。骨格筋線維では、この二つの領域が交互に規則正しく配列
しています。
図6-5 2種類の筋細糸と収縮時の移動を示す模式図
図6-6 ATPの分解によってミオシンの頭部が動く
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図6-7 ミオグロビン量の違いによる3種類の骨格筋線維
細く強く染まるのは赤色筋線維(I)で、太く薄いものは白色筋線維
(IIB)で、やや太く中間の色は中間筋線維(IIA)。
A帯と I帯との幅の比率は一般に3:2ですが、骨格筋線維が収縮状態では I帯は狭くなり、骨格筋が伸びているときは I帯は広くなります(図6-5)。骨格筋線維は、含有するミオグロビンmyoglobin(血
液から骨格筋の収縮要素に酸素を運ぶ鉄を含んだ色素)の
量により、豊富な赤色筋線維(I型)と、乏しい白色筋線とぼ
維(IIB型)とに分けることができ、さらに両者の中間の性質を示す中間筋線維(IIA型)があります。赤色筋線維は、相対的に細く、ゆっくりと収縮します
が、疲労しにくい性質があります。一方、白色筋線維は、
相対的に太く、収縮は速いが、疲労しやすいものです。
中間筋線維は、相対的に太く、収縮は早く、疲労しにく
いものです。
ヒトの骨格筋では、これらの3種類の骨格筋線維が混
在しています。持久力が要求されるヒトや姿勢の維持に
働く深層の骨格筋(赤筋)では、赤色筋線維が優勢となり
ます。一方、瞬発力が強いヒトや体肢の骨格筋(白筋)しゆんぱつりよく
では、白色筋線維が相対的に増えています。
図6-8 骨格筋の構造を模式的に示す
一部の骨格筋では端から端までが骨格筋線維で構成さ
れていますが、大部分の骨格筋では、一側の端ないし両
端が線維性結合組織で構成されています。線維性の部分
は、組織学的には、靱帯と同じ密性結合組織です。このじんたい
線維性の束が丸い時には腱 tendonと呼び、薄く紙のよけん
うな場合には腱膜 aponeurosisといいます。けんまく
体肢の骨格筋では、正中線に近い近位の付着部を起始き し
(始まり)originといい、遠位の付着部を停止(終わり)て いし
insertionと呼びます。骨格筋線維の部分は、収縮性があって血管が豊富で、
感染には抵抗性を示すが、圧迫や摩擦には弱いものです。ま さつ
一方、腱や腱膜の場合には、収縮性が乏しく、血管も少
なく、圧や摩擦に耐えられますが、血液の供給が乏しく、ま さつ た
感染にかかれば容易に壊死におちいります。え し
骨格筋が骨や他の硬い構造物の上に圧迫される時には、
骨格筋線維の部分はいつも腱に置き換えられています。
【筋ジストロフィー】
筋ジストロフィーは、筋形質膜の維持に働くジストロフ
ィン dystrophinの形成不全による遺伝性筋疾患です。この疾患の特徴は、進行性の筋力低下と、骨格筋線維の
退行変性、線維性あるいは脂肪性の組織と骨格筋組織と
が置き換わることなどです。筋力低下の部位や発症の年
齢などの違いに基づき、さまざまな病型の筋ジストロフ
ィーがある。
図6-9 摩擦を軽減するために腱と骨の間に滑液包が存在
2.摩擦を軽減する滑液包と腱鞘
腱が周辺の構造物と摩擦を生じる場合には、摩擦を軽ま さ つ
減するために滑液包または腱 鞘が存在します。かつえきほう けんしょう
1)滑液包
図6-9に示すように、滑液包 synovial bursaは、骨格筋や腱が骨あるいは軟骨、靱帯などに接して通過する際
に、その間にあって摩擦を軽減する小さなラップのよう
な薄い袋です。滑液包や腱鞘の内面には薄い滑膜が存在かつまく
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し、この内部には関節と同じく、無色透明で、ぬるぬる
した糸を引くような滑液が存在します。滑液包は、起始
や停止の付近(特に関節の近く)に多く見られます。
2)腱鞘
腱鞘 synovial sheathは、体肢などの長い腱で見らけんしよう
れ、長い滑液包が腱を取り囲んだものです。腱を取巻い
た滑液包が互いに接する部分からは、腱を養う血管と神
経がなかに入ります。
図6-10 腱鞘の横断図を示す
第3節 骨格筋は神経の働きで収縮
1)神経筋シナプス
骨格筋が収縮するためには、神経からの刺激(インパル
ス)が必要です。神経が1個の骨格筋に入る部位は、2カ
所ないしそれ以上の箇所が存在します。か しよ
骨格筋に分布する神経には、骨格筋の伸び具合(伸展状ぐ あい
態)を伝える体性感覚神経線維と、骨格筋の収縮に関与す
る体性運動神経線維、血管に分布し血流の調節をおこな
う交感神経線維などが含まれ、体性感覚神経線維が三分
の一から半分を占めています。
神経は、骨格筋に入る直前に数本に分枝しますが、骨
格筋の内部でも次から次へと分かれ、段々と細い神経線
維束になります。
個々の神経線維(軸索)は数本の終末分枝に分かれ、一
定の数の骨格筋線維(5本から3,000本)に向かいます。体
性運動神経線維は、これらを同時に収縮させます。繊細
な動きをする骨格筋では、神経が支配する骨格筋の数が
少ない。一方、おおざっぱな動きをおこなう骨格筋では、
神経の支配する数が多くなります。
運動神経線維の終末分枝が骨格筋線維の筋形質膜に接
触する部位は特殊な構造を形成し、神経筋シナプス
neuromuscular synapseといい、アセチルコリンacetylcholineが神経伝達物資として働きます。
図6-11 骨格筋を収縮させる体性運動神経線維を描く
図6-12 骨格筋に分布する神経線維を模式的に描く
2)運動単位
1本の体性運動神経線維は、数本から約3000本の骨格
筋線維に分布します。そして、1本の神経線維で伝わる
刺激は、一度にこれらのすべての骨格筋線維を収縮させ
ます。そのため、運動単位motor unitは、1個の体性運動神経細胞と、それによって支配される骨格筋線維と
から構成されます。
1本の骨格筋線維の収縮には「全か無かの法則」があ
ります。この法則は、神経の刺激が閾値を超えれば1本いき ち
の骨格筋線維は収縮しますが、閾値以上の刺激があって
も骨格筋線維の収縮力は強まらず同じです。
3)骨格筋の収縮力
骨格筋の収縮力は、同時に収縮する運動単位の数や、
その収縮する頻度などによって異なります。つまり、同
時に収縮する骨格筋線維の数にもとづいて骨格筋の収縮
力が決まります。
数多くの運動単位が同時に働くと、骨格筋では大きな
力が発生します。逆に、その数が少なければ、骨格筋の
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力は弱いものです。
4)筋紡錘と腱紡錘
体性感覚神経線維は、骨格筋の特殊な構造物である筋
紡錘muscle spindleや、腱と骨格筋との接合部にあるぼうすい
腱紡錘 Golgi tendon organなどに終わります。筋紡錘は、伸びたことを知らせる伸展受容器ですが、その内部
に存在する錐内筋細胞(骨格筋線維)の収縮を調節するこ
とで、骨格筋の収縮と緊張の度合いを調節する装置とし
て働きます。一方、腱紡錘は、腱が伸びたことを単に知
らせる伸展受容器です。
図6-13 筋周膜に存在する筋紡錘を示す顕微鏡写真
図6-14 腱に存在する腱紡錘を描く
【重症筋無力症】
重症筋無力症は、神経筋シナプスの障害でおこる病気で
す。この病気では、アセチルコリン受容体を障害させる
抗体が体内で形成され、神経から骨格筋線維への刺激の
図6-15 筋収縮での筋紡錘の働きを模式的に示す
伝導が阻害され、進行性で重症の筋力低下がおこる。こ
の病気では、最初、外眼筋や上眼瞼挙筋に障害が現れ、
眼瞼下垂や複視がおこり、その後に頚部や体肢の骨格筋がんけん か すい
に障害が見られる。この病気は、男性よりも女性に発病
しやすく、通常、20歳から40歳の間で発病する。
第4節 骨格筋の収縮
1.骨格筋の収縮の仕組み
骨格筋線維は、他の細胞と同じく神経からの刺激に反
応する性格があります。
脳や脊髄に存在する体性運動神経細胞体で発生した電
気的興奮が、体性運動神経線維(軸索)によって骨格筋線
維に伝わります。すなわち、神経筋シナプスでは、軸索
を伝わってきた電気的興奮で終末分枝からアセチルコリ
ン acetylcholineが放出されます。放出されたアセチルコリンは筋形質膜に存在するアセ
チルコリン受容体と結合し、その結果、ナトリウムイオ
ンとカリウムイオンに対する骨格筋線維の筋形質膜の透
過性が変わり、骨格筋線維が興奮(活動電位が発生)しま
す。
筋形質膜の活動電位がT(横)細管に沿って細胞内に広
がり、筋小胞体(滑面小胞体)から筋形質へのカルシウム
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図6-16 運動神経からの刺激で骨格筋線維が収縮する
仕組みを模式的に示す
イオンの放出を引き起こし、カルシウムイオンがトロポ
ニンと結合し、細い筋細糸と太い筋細糸との間の滑走が
開始します(図6-5・16)。滑走のエネルギーは、太い筋細糸の頭部に存在するア
デノシン三リン酸の分解によります(図6-6)。このエネルギーで、細い筋細糸は、太い筋細糸の間に強く引き込
まれ、Z線は互いに接近し、Z線の間の距離(筋節)が少し短くなります(図6-5)。多数の筋節の幅が小さくなることで筋細線維が短くな
って、最終的に骨格筋線維が収縮します。骨格筋線維の
収縮が筋周膜や筋上膜を収縮させ、全体として骨格筋の
収縮を引き起こします。
神経筋シナプスでアセチルコリンが作用し続けると骨
格筋線維は収縮し続けますので、アセチルコリンはアセ
チルコリンエステラーゼ acetylcholinesteraseという酵素で分解され、骨格筋線維(細胞)は再び興奮していない
状態(静止状態)に戻ります。
2.骨格筋の収縮の種類
骨格筋の収縮には、大別して等張性収縮と等尺性収縮
との2種類があります。
図6-17 骨格筋での2種類の収縮を示す
1)等張性収縮
等張性収縮では、骨格筋が短くなり、体の運動を引きとうちょうせい
起こすタイプです。この際には、骨格筋の緊張はわずか
です。歩行時における下肢の骨格筋の収縮がこの例です。
2)等尺性収縮
等尺性収縮は、拮抗筋などによって骨格筋の長さが固とうしゃくせい きっこうきん
定され、骨格筋自身はほとんど短くなりません。しかし、
骨格筋の緊張が非常に強まります。例としては、手のひ
らに物を載せ、維持するような動作です(124頁図6-20)。の
3.骨格筋を収縮させるエネルギー源と代謝
骨格筋が収縮するためには、エネルギーが必要です。
骨格筋は、化学的エネルギーを機械的仕事に変える機械
とも呼ばれています。
図6-18 運動の強度によってエネルギー源が異なる
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骨格筋が収縮するエネルギーは、炭水化物や脂肪酸な
どから生合成されたアデノシン三リン酸から得られます。
骨格筋の収縮に必要なエネルギー源は、骨格筋線維の
中にグリコーゲン(グルコースへ分解)および脂肪滴(脂肪
酸とグリセロールへ分解)として貯蔵されているものと、
血液から取り込むものとから得られます。骨格筋には、
体内のグリコーゲンの約四分の三が貯蔵されています。
ゆっくりした歩行運動のように、アデノシン三リン酸
の消費とアデノシン三リン酸の生合成とがつり合ってい
るときには、長時間の運動が可能です。しかし、運動が
激しくなると、アデノシン三リン酸の生合成がアデノシ
ン三リン酸の消費に追いつかず、骨格筋は燃料切れをお
こし、収縮ができなくなります(筋疲労)。
1)炭水化物と脂質が骨格筋収縮の主なエネルギー源
休息時や軽い運動時には、十分な酸素の供給が可能な
ため、骨格筋線維は、ミトコンドリアのクエン酸(クレブ
ス)回路や電子伝達系で、脂肪酸やピルビン酸(グルコー
スから解糖系で生合成)を使い、アデノシン三リン酸を生
合成し、利用します。
しかし、運動が激しくなると、十分な酸素が供給でき
ず、嫌気的解糖系によるアデノシン三リン酸の生合成がけん き てき
必要になり、主要なエネルギー源はグルコースとなりま
す。すなわち、血液中のグルコース(あるいはグリコーゲ
ンの分解による)は、インスリンの働きで骨格筋線維内に
取り込まれ、酸素を使わない解糖系でピルビン酸へと分
解される過程で、非能率的ですが、アデノシン三リン酸
を生合成します。ところが、酸素が十分に供給されなけ
れば、グルコースからつくられたピルビン酸は、クエン
酸回路に入ることができず、乳酸に変化します。この代
謝が長く続くと、骨格筋線維の内部に乳酸がたまり、細
胞質の pHを酸性に傾け、収縮ができなくなります。骨格筋線維でつくられた乳酸は、血管を通じて肝臓に運ば
れ、酸素を使う代謝でグルコースに変えられます。
ATP+水分子H2O → ADP+リン酸H3PO4+7.3㌔㌍
嫌気的:グルコース+2ATP → 2分子の乳酸+4ATP
好気的:グルコース+2ATP → 6分子の二酸化炭素+
6分子の水分子+40ATP
好気的:脂肪酸 → 二酸化炭素+水分子+ATP
2)クレアチンリン酸
全力疾走のような非常に激しい運動では、短時間です
が、骨格筋線維では、他の予備の高エネルギー分子を利
用してアデノシン三リン酸の供給がおこなわれます。こ
の分子は、クレアチンリン酸です。しかし、クレアチン
リン酸の貯蔵量は少なく、短時間で使いはたします。
クレアチンリン酸は、クレアチン creatineとリン酸とに分解するときに、かなりのエネルギーを産生します。
休息時には、アデノシン三リン酸からのリン酸がクレ
アチンに加わり、エネルギーの貯蔵型であるクレアチン
リン酸が再び生合成されます。
クレアチン+ATP ⇒ クレアチンリン酸+ADP
図6-19 運動時の酸素消費量と酸素負債を示す
3)酸素負債さん そ ふ さい
骨格筋が収縮する間は、骨格筋に分布する血管が拡張
し血液の流れを増やし、供給される酸素量が増加します。
骨格筋が消費する酸素量の増加は、エネルギーの使用
に比例します。酸素の供給が十分な場合には、必要とさ
れるすべてのエネルギーは好気的解糖系によって補われ
ます。しかしながら、骨格筋の活動が活発で、エネルギ
ー源の好気的解糖系による供給が使用量を補えない時に
は、クレアチンリン酸がアデノシン三リン酸の生合成に
使用されたり、嫌気的解糖系によってグルコースから乳
酸へと分解される過程でアデノシン三リン酸が生合成さ
れます。
嫌気的解糖系によるアデノシン三リン酸の生合成には
限界があります。その理由は、乳酸が拡散によって血液
に溶け込むことができなければ、骨格筋線維内に乳酸が
組織の緩衝作用を越えて増え、細胞質の pHが酸性にかんしよう さ よう
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傾き、酵素の働きを妨げます。
ですが、短期間のグルコースの嫌気的解糖系によるア
デノシン三リン酸の供給は、骨格筋の活動を大きく強め
ることができます。
たとえば、10秒間の100メートル競争などでは約85%の
エネルギーは嫌気的解糖系によって供給されており、
4 kmのランニングなどでも10分間走ると、約20%のエネルギーは嫌気的解糖系によって補われ、60分間も走る
長距離では約5%のエネルギーは嫌気的解糖系から得られ
ると考えられています。
運動が終了しても、過剰な酸素の消費が続き、余分な
乳酸を取り除いたり、アデノシン三リン酸やクレアチン
リン酸などの生合成に利用されたり、ミオグロビンに酸
素を結合させるのに利用されます。
運動した後での過剰な酸素の消費量は、エネルギー源
の好気的生合成の際に不足した酸素量に比例します。
このような運動時における酸素不足を酸素負債といいふ さ い
ます。多い時には、通常の酸素消費量よりも6倍もの酸
素負債をおこします。
よく訓練された運動選手は、訓練をしていない人に比
べてより多くの酸素消費量を呼吸を強めることで増やす
ことができ、また遊離した脂肪酸を効率よく利用するこ
とが可能です。そのために、骨格筋線維に貯蔵している
グリコーゲンを枯渇することなく、また乳酸の生合成をこか つ
増加させることなく、運動量を増やすことができます。
4)骨格筋での熱の発生
骨格筋が収縮を開始するときや収縮の間には多量の熱
が発生します。さらに、収縮が終わり、回復していると
きも、通常は30分間ぐらい熱を発生させます。
発生する熱の量は、消費されるアデノシン三リン酸の
量に比例します。
第5節 骨格筋の作用
希望する体の動きをつくるのに直接的に関与する骨格
筋を主動作筋と呼びます。しゅどうさ
協力筋は主動作筋に協力して働くものです。拮抗筋はきっこう
主動作筋と反対の働きをするものです。
ヒトでは、簡単な動きをする場合でも、数種類の骨格
筋の協調的な働きが要求され、小脳がこの協調に関与し
ています。骨格筋の使い方の記憶や調節は、小脳でおこ
なわれます。
図6-20 主動作筋および拮抗筋としての骨格筋の働きを模式的に示す
第6節 骨格筋の名称
ヒトの体には400を越える骨格筋が存在しますが、その
名称は、骨格筋の作用(指伸筋)や、骨格筋の形(三角筋)、し しんきん
骨格筋の位置(前脛骨筋)、作用と位置があわさったものぜんけいこつきん
(橈側手根屈筋)、起始の筋頭の数(上腕二頭筋)、骨格筋とうそくしゆこんくつきん じようわん に とうきん
の付着部位(胸鎖乳突筋)などに基づいて名前が付けらきよう さ にゆうとつきん
れます。ですが、骨格筋の名称のなかで最も多いものは、
胸鎖乳突筋のように骨格筋が付着している場所の名前に
由来するものです。
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図6-21 形状による骨格筋の呼び方
第7節 骨格筋の老化
40代の始め頃から骨格筋線維の数での緩慢な減少が始
まり、個々の骨格筋がやせます。多くの人では、40歳ぐ
らいまでに骨格筋の大きさが約10%減少し、80歳ぐらい
までには50%も減少します。
この加齢による骨格筋のやせは、主に骨格筋線維の数
の減少にもとづきます。そのため、骨格筋の収縮力が弱
くなり、特に伸筋での衰えが目立ちます。
その例として、脊柱の両側に存在する脊柱起立筋があ
げられます。高齢者では、脊柱起立筋の筋力の低下で前
屈が強くなり、前屈みの姿勢になりやすいです。まえかが
図6-22 骨格筋での加齢による筋量の減少を示す
屈筋にくらべて伸筋の衰えが早いため、高齢者では、
股関節や膝関節が屈曲傾向を示します。さらに伸筋の力
の減少によって高齢者の身長が低くなります。
また、骨格筋線維に存在するミオグロビンも加齢によ
って減少し、高齢者の骨格筋では赤身が少なくなります。
日常生活における活動的な行動や意図的な運動は、骨
格筋線維の減少などの加齢による好ましくない影響を遅
らせたり、弱めたりすることができます。
図6-23 高齢者の骨格筋(下図)では、壮年者(上図)の
ものに比べて骨格筋線維の種類が偏在することを示す
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第8節 おもな骨格筋
図6-24 頭部および顔面の骨格筋を模式的に示す
1.頭部と顔面の骨格筋
頭部と顔面の骨格筋には、浅層に存在する表 情筋と、ひようじようきん
深部にある咀嚼筋とがあります。そしゃく
1)表情筋
表情筋は、少なくとも一つの端が皮膚に終わるため、
骨格筋の収縮によって皮膚を動かすことになります。
表情筋は顔面神経の分枝によって支配されますが、眼
よりも上方の表情筋は、両側の大脳皮質(前頭葉の運動皮
質)からの支配を受けますので、一側の脳の障害のみでは
機能障害があらわれ難いものです。それに対して、口の
周囲の表情筋は、反対側の大脳皮質の支配のみ受けます。
図6-25 顔面神経と表情筋との関係を模式的に示す
①前頭筋
前頭筋 frontal muscleは、眉毛(まゆ毛)をつりあげ、ぜんとう び もう
前頭部にシワをつくる骨格筋です。
②眼輪筋
眼輪筋 orbicularis oculi muscleは、上眼瞼(うわまがんりん がんけん
ぶた)や下眼瞼(したまぶた)に存在する輪状の骨格筋で、
眼瞼(まぶた)を閉じる働きがあります。
眼瞼を閉じることによって眼球の角膜の乾燥を防ぎま
すが、近年、パソコンやゲーム機などをよく使うヒトで、
瞬きが少なく角膜が乾燥しすぎ、眼の痛みや視力障害がまばた
見られます。
③口輪筋
口輪筋 orbicularis oris muscleは、上 唇(うわくちこうりん じょうしん
びる)と下唇(したくちびる)との内部に存在する輪状の骨
格筋で、口唇(くちびる)を閉じる働きがあります。こうしん
顔面神経麻痺で口輪筋の働きが悪い時には、口角から
飲んだ水や食べ物がこぼれるようになります。
④頬筋
頬筋 buccinator muscleは、頬の皮膚と頬粘膜とのきょう
間に存在する骨格筋で、乳児が母乳を吸うのに使用した
り、咀嚼時に食べ物が上下の歯の間から漏れないようにそしゃく も
する働きがあります。
図6-26 左の口輪筋と頬筋を示す模式図
【注意】
眼を開けるのは上眼瞼のなかに存在する小さな上眼瞼挙
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筋の働きによります。この筋は表情筋に属さず、動眼神
経によって支配されます。
図6-27 右の側頭筋と咬筋を模式的に示す
2)咀しゃく(嚼)筋
顎関節の運動に関与する骨格筋を咀しゃく筋と呼びまがくかんせつ そ
す。咀しゃく筋は三叉神経の下顎神経で支配されます。さん さ か が く
①側頭筋
側頭筋 temporalis muscleは、側頭窩の骨の部位からそくとう か
始まる扇形の骨格筋で、頬骨弓の深部を通過し、下顎骨
の筋突起と下顎枝の前縁とに停止します(図6-27)。側頭筋の前部と中央部の骨格筋線維は下顎を引き上げ
(閉口)、後部の骨格筋線維は後方に下顎骨を後方に引っ
張ります(後退)。
②咬筋
咬筋masseter muscleは、頬骨弓の下縁の内側面かこう
ら始まり、下顎枝の外側面に停止します。
咬筋は、下顎を引き上げ、物を噛むときに歯をかみ合か
わせます。
図6-28 右の外側翼突筋と内側翼突筋を模式的に示す
③内側翼突筋
内側翼突筋medial pterygoid muscleには、上顎骨かよくとつ
ら始まる浅頭と、蝶形骨の翼状突起外側板の内側面からせんとう
おこる深頭とがあります。これらの骨格筋線維は下顎角しんとう
の内側面に停止します。
内側翼突筋は下顎骨を引き上げます。
④外側翼突筋
外側翼突筋 lateral pterygoid muscleでは、上頭は蝶形骨の大翼の下面からおこり、下頭は翼状突起外側板の
外側面から始まります。これらの骨格筋線維は収束し、
下顎頚と顎関節の関節円板とに停止します。
外側翼突筋は、開口時に関節円板と下顎頚とを前方に
引っ張ります。
外側翼突筋が同側の内側翼突筋とともに収縮した時に
は、関節円板と下顎頚とを前方に引っ張りながら、反対
側の関節突起の周りを下顎が回旋するように働き、下顎
を斜め前方に突き出します。
2.頚部の骨格筋
頚部の骨格筋には、広頚筋や胸鎖乳突筋、舌骨上筋群、こうけい きょうさにゅうとつ
舌骨下筋群、斜角筋群などが存在します。しゃかく
①広頚筋
広頚筋 platysmaは、下顎から鎖骨付近までの皮膚のすぐ深層に存在し、顔面神経の頚枝によって支配され、
口角を引き下げたり、前頚部の皮膚を緊張させます。こうかく
図6-29 右の広頚筋を示す模式図
②胸鎖乳突筋
胸鎖乳突筋 sternocleidomastoid muscleは、広頚筋の深層に存在し、胸骨柄の上縁や鎖骨の内側部から起こ
- 128 -
り、頚部を斜めに走行し、側頭骨の乳様突起や上項線なにゅうようとっき じょうこうせん
どに停止します。
胸鎖乳突筋は、顔を反対側に向けると太いヒモのよう
にふくれます。左右の胸鎖乳突筋が、同時に収縮すると、
頭部を前屈させます。
胸鎖乳突筋には、副神経(運動性)と頚神経叢の分枝(感そう
覚性)が分布します。
図6-30 右の胸鎖乳突筋を模式的に示す
③舌骨上筋群
舌骨上筋群 suprahyoid musclesは、下顎骨と舌骨とぜっこつじょうきん
の間に存在し、口腔の床を形成するとともに、舌骨下筋こうくう か き ん
群と共同して口を大きく開ける働き(開口)があります。
舌骨上筋群には、顎舌骨筋や顎二腹筋、オトガイ舌骨がくぜつこつ がくにふく
筋、茎突舌骨筋などが存在します。けいとつ
◆顎舌骨筋
顎舌骨筋mylohyoid muscleは、口腔の床をつくります。顎舌骨筋は、下顎骨の内側面から始まり、正中で左
右の骨格筋線維が混ざり、後部の骨格筋線維は舌骨に終
わります。
三叉神経の下顎神経がこの骨格筋を支配します。さん さ しんけい か がく
図6-31 顎舌骨筋と顎二腹筋の一部とを示す
④舌骨下筋群
舌骨下筋群 infrahyoid musclesは、舌骨と胸骨との間に存在し、舌骨や甲状軟骨を固定するとともに、これ
こうじようなんこつ
らの骨格筋の深部に存在する器官(甲状腺や喉頭、気管、こうとう
図6-32 舌骨下筋群とオトガイ舌骨筋とを示す
食道など)を保護します。
舌骨下筋群に属する骨格筋は、肩甲舌骨筋や、胸骨舌
骨筋、胸骨甲状筋、甲状舌骨筋などです。
肩甲舌骨筋や胸骨舌骨筋、胸骨甲状筋は頚神経ワナか
らの分枝によって支配されますが、甲状舌骨筋の支配神
経は第一頚神経からの分枝です。
⑤斜角筋群
斜角筋群には、前斜角筋や中斜角筋、後斜角筋などがしゃかくきん ぜん ちゅう こう
あります。斜角筋群は胸 郭 上 口をつり上げています。きょうかくじょうこう
斜角筋群には、頚神経の前枝からの分枝が分布します。
◎前斜角筋 scalenus anterior muscleは、第三頚椎から第七頚椎の横突起からバラバラの腱として始まり、途
中で融合して、第一肋骨にある前斜角筋結節に停止しま
す。
◎中斜角筋も前斜角筋と同じ頚椎の横突起から起こり、
前斜角筋の停止部位よりも後方の第一肋骨に終わります。
◎後斜角筋は第二肋骨に停止します。
◆前斜角筋と中斜角筋との間(斜角筋隙)を腕神経叢や鎖げき わん
骨下動脈が上肢に向かいます。
図6-33 右の斜角筋群と椎前筋とを模式的に示す
- 129 -
【前斜角筋症候群】
前斜角筋症候群は、前斜角筋と中斜角筋との間の間隙がかんげき
狭くなって、この間隙を通過する鎖骨下動脈がきつく挟
まれ上肢に向かう血流の流れが悪くなったり、腕神経叢わんしんけいそう
がやはり締め付けられることで上肢の痛みやしびれがお
こる。
3.背部の骨格筋
背部の浅層の骨格筋は上肢の動きに関係し、僧帽筋やそうぼう
広背筋、肩甲挙筋、大菱形筋、小菱形筋などがあります。こうはい けんこうきょ だいりょうけい
深層の骨格筋は脊柱の動きに関係し、脊柱起立筋(腸肋
筋、最長筋、棘筋)や横突棘筋、棘 間筋、横突間筋などおうとつきょく きょくかん おうとつかん
が存在します。
浅層と深層との中間に存在する骨格筋(上後鋸筋、下後じようこうきよ
鋸筋)は、肋骨の運動(呼吸運動)に関係します。
図6-34 背部の右側で浅層の筋群を示す
①僧帽筋
僧帽筋 trapezius muscleは、背部の最も表層に存在する大きな三角形の薄い骨格筋で、頚部と体幹の上半分
の後面を被っています。
僧帽筋の起始は、乳様突起の少し後方から始まる線状
のもの(下行部)と、頚部の後正中線上の項靱帯とから伸こうじんたい
びるもの(水平部)、12個の胸椎の棘突起から始まるもの
(上行部)、などがあります。
僧帽筋の下行部の筋線維は下行し鎖骨の外側端の後面
に向かい、水平部の筋線維は水平に走行し肩甲棘につき、けんこうきょく
上行部のものは上行し肩甲棘に終わります。
僧帽筋の下行部の筋線維は、頚を後屈させ、肩をすく
め、さらに肩を一定の位置に維持します。この骨格筋が
疲労した時には肩が下がります。下行部は、上肢を支え
る主要な骨格筋の一つで、肩こりを起こしやすい。
水平部の筋束は、肩甲骨を後方に引張り、また腕を頭
の上に持上げる動きの開始時に肩甲骨を安定させます。
上行部の筋線維は、肩甲棘の内側端を下方に引張り、
関節窩を上方に回旋させますが、この動きは上肢を頭のかんせつか
上に持上げる(挙上 )のに必要なものです。きよじよう
僧帽筋には、副神経(運動性)と頚神経叢からの分枝(感けいしんけいそう
覚性)とが分布します。
図6-35 僧帽筋(左)と広背筋(右、伸展)の働きを示す
②広背筋
広背筋 latissimus dorsi muscleは、背部の浅層の下半分を被っています。この骨格筋は、第七胸椎から第十
二胸椎と全ての腰椎、仙骨の上部などの棘突起、腸骨稜
の後半分などから始まり、さらに別の起始は第九肋骨あ
るい第十肋骨から第十二肋骨と肩甲骨の下角とから始ま
ります。広背筋は、後方から腋窩に近づき、上腕骨のえ きか
結節間溝の床に薄いリボン状の腱として終わります。けっせつかんこう
広背筋は、上肢を伸展あるいは内旋させます。この骨
格筋は、大胸筋とともに上肢で体を持上げたり、吊るしつ
たりする時に上肢帯が上方に逃げ出していくのを防ぐた
めにも使用されます。
広背筋の神経支配は、腕神経叢の後神経束から直接分
枝する胸 背神経によります。きょうはい
③肩甲挙筋
肩甲挙筋は、第一頚椎から第四頚椎の後結節から始ま
り、肩甲骨の上 角に終わります。じょうかく
肩甲挙筋は、肩甲骨を上方に引っ張り、関節窩を下方
に向けます。また、上肢を支える骨格筋の一つですので、
肩こりをおこしやすい。
肩甲背神経が、肩甲挙筋を支配します。けんこうはい
- 130 -
④大菱形筋と小菱形筋
大菱形筋と小菱形筋は、胸椎の棘突起から始まり、肩だいりようけいきん
甲骨の内側縁に停止します。
これらの骨格筋は、他の骨格筋とともに肩甲骨を肋骨
に引きつける働きがあります。
大・小菱形筋の支配神経は、肩甲背神経です。けんこうはい
図6-36 右の肩甲挙筋と大・小菱形筋とを示す
⑤上後鋸筋と下後鋸筋
上後鋸筋と下後鋸筋は、肋骨に停止する呼吸筋で、じようこうきよきん
肋間神経が支配します。上後鋸筋は肋骨を引き上げ、吸ろっかん
気を強めます。一方、下後鋸筋は肋骨を引き下げ、呼気
を強めます。
図
6-37 右の上・下後挙筋(左)と深層の脊柱起立筋(右)
⑥脊柱起立筋
脊柱起立筋は、棘突起の外側を垂直に上行し、脊柱を
伸展させ、直立位を保つ上で重要な役割を果たします。
脊柱起立筋は、仙骨の後面と隣接した腸骨稜とからちようこつりよう
図6-38 脊柱起立筋による体幹の伸展を示す
広い腱膜として始まり、脊柱に沿ってしばらく上行し、
途中で三つの筋(腸 肋筋、最 長筋、棘筋)に分かれます。ちょうろく さいちょう きょく
これらの骨格筋は脊髄神経の後枝で支配されます。
4.胸部の骨格筋
胸部の骨格筋には、胸部から始まり上肢の骨に停止す
る浅胸筋群(大胸筋、小胸筋、前鋸筋、鎖骨下筋)と、せんきょうきん だいきようきん ぜんきよきん
呼吸運動に関与する深胸筋群(肋間筋群、横隔膜、肋骨挙しん おうかくまく
筋、肋下筋、胸横筋)とがあります。
①大胸筋
大胸筋 pectoralis major muscleは、前胸壁の皮下組織の深層に存在し、鎖骨や胸骨、肋骨などから始まり、
上腕骨の結節間溝の大結節稜(外側唇)に終わります。がいそくしん
大胸筋全体としての働きは、上腕の力強い内転および
内旋です。また、大胸筋の鎖骨部は肩関節を曲げます。
大胸筋は、腕神経叢の外側胸筋神経および内側胸筋神わんしんけいそう
経の一部によって支配されます。
図6-39 右の大胸筋を模式的に示す
②小胸筋
小胸筋は、大胸筋の深層に存在し、肋骨から始まり、
烏口突起に停止します。小胸筋の深層につくられる隙間う こ うと っ き すき ま
を上肢に向かう神経や動脈・静脈が通過します。
- 131 -
図6-40 右の小胸筋と鎖骨下筋とを模式的に示す
小胸筋は内側胸筋神経によって支配され、時には外側
胸筋神経の分枝も分布します。
③前鋸筋
前鋸筋 serratus anterior muscleは、肋骨から始まり、ぜんきょ
肩甲骨と肋骨との間を後方に向かい、肩甲骨の内側縁に
終わります。
前鋸筋は、肩甲骨が肋骨から後方に離れないように、
肩甲骨を前方の肋骨に引き寄せます。
前鋸筋は長胸神経で支配されます。長胸神経の障害で
前鋸筋が麻痺すると、肩甲骨が後方に突出し、翼状肩甲よくじよう
骨と呼ばれる状態になります。
図6-41 右の前鋸筋を模式的に示す
④肋間筋群
肋骨と肋骨との間にある肋間隙には、浅層から深層にろっかんげき
かけて、外肋間筋、内肋間筋、最内肋間筋が存在します。がいろつかんきん
肋間筋群は、肋間神経で支配されます。
外肋間筋 external intercostal muscleが収縮すれば、肋骨を引き上げ、胸腔内圧が下がり、吸気(空気を吸い込
む)に関与します(100頁図5-45)。
図6-42 肋間筋群を後方から描く
図6-43 横隔膜の収縮で胸腔が拡大する
⑤横隔膜
横隔膜 diaphragmは、薄いが強力な膜状の内臓性横おうかくまく
紋筋で、胸腔と腹腔とを分離しています。
横隔膜の始まりは、後方では脊柱で、側面と前方では
肋軟骨と剣状突起です。周辺部からの筋線維は腱中心にけんちゅうしん
停止します。
横隔膜が収縮すれば、中央の腱中心が下がり、胸郭を
拡張させ、胸腔内圧が下がり、吸気をおこないます。ま
た、横隔膜の収縮によって下大静脈や胸管にある液体をか だい
押し上げる働きもあります。
頚神経叢に属する横隔神経が横隔膜を支配します。
図3-44 横隔膜の下面を模式的に示す
- 132 -
横隔膜の上面には心臓が付き、下面には肝臓が付きま
す。
5.腹部の骨格筋
腹部の骨格筋には、前腹壁をつくる腹直筋や、側腹壁ふくちよくきん
を構成する外腹斜筋や内腹斜筋および腹横筋、後腹壁をない
つくる腰方形筋があります。また腹壁には、骨格筋が欠ようほうけいきん
けた領域(鼡径管)が存在します。そけいかん
図6-45 右側は外腹斜筋を取り除き、左側ではさらに
腹直筋と内腹斜筋を取り除いて描いた前腹壁
①腹直筋
腹直筋 rectus abdominis muscleは、前腹壁の皮下組織の深層に存在し、恥骨結合の前面と恥骨稜とから始ま
ち こつけつごう りよう
り、垂直に上行し、第五肋軟骨から第七肋軟骨および剣
状突起に停止します。腹直筋の前面には骨格筋線維をつ
なぐ膠原線維などでつくられた腱画がみられます。けんかく
腹直筋の外側縁に沿う腹部のくぼみを半月線と呼びま
す。
腹直筋は、外腹斜筋や内腹斜筋、腹横筋などの腱膜で
つくられた腹直筋鞘のなかに存在しています。しょう
左右の腹直筋鞘が融合し、白線を形成します。
肋間神経と腸骨下腹神経とがこの骨格筋に分布します。ちょうこつかふく
図6-46 腹直筋と内腹斜筋の収縮で体幹を屈曲
②外腹斜筋
外腹斜筋 external oblique muscleは、側腹壁の皮下組織の深層に存在する幅広い布状の骨格筋で、通常、第
五肋骨から第十二肋骨の外側面から始まり、大部分が腹
直筋の外側縁付近で腱膜となり、腹直筋の前を通過し、
剣状突起や白線、恥骨稜、恥骨結節、腸骨稜の前半分なはくせん
どに停止します。
上前腸骨棘と恥骨結節との間の腱膜では、外側縁が肥
厚して鼡径靱帯を形成します。そけいじんたい
図6-47 右側で外側斜筋を示し、左側では外腹斜筋と
腱膜を取り除き、内腹斜筋を示す
③内腹斜筋
内腹斜筋は、外腹斜筋の深層に存在する幅広い薄い布
状の骨格筋で、腰筋膜(腰腱膜)や腸骨稜の前三分の二、
鼡径靱帯の外側三分の二などから始まり、骨格筋線維は
大きく放散しながら上前方に走行し、大部分が腹直筋の
外側縁付近で腱膜となり、第九肋骨から第十二肋骨、肋
軟骨の下縁、剣状突起、白線、恥骨結合などに停止しま
す。なお、臍(へそ)付近よりも上では腱膜は腹直筋鞘前さい ぜん
葉と腹直筋鞘後葉とに分かれますが、臍付近よりも下でよう こうよう
はすべて腹直筋の前を通過し、腹直筋鞘の前葉を形成し
ます。
内腹斜筋の自由下縁は恥骨結節や恥骨櫛に停止しますしつ
が、この付着部位の近くで内腹斜筋の腱膜の線維は腹横
筋の腱膜の線維と混ざり、鼡径鎌(結合腱)を形成します。そ けいかま
図6-48 腹直筋鞘の構造を模式的に示す
- 133 -
④腹横筋
図6-45で示すように、腹横筋は、内腹斜筋の深層に存在する薄い布状の骨格筋で、骨格筋線維は水平に走行し
ます。腹横筋は、第七肋軟骨から第十二肋軟骨の内面や
腰筋膜、腸骨稜の前三分の二、鼡径靱帯の外側三分の一
などから始まり、大部分が腹直筋の外側縁あたりで腱膜
となり、剣状突起や白線、恥骨結合などに停止します。
⑤鼡径管そけいかん
外腹斜筋や内腹斜筋、腹横筋などが腹壁を被わない部
位、すなわち、筋の欠損部が存在し、この欠損部位が鼡けつそん
径管 inguinal canalを形成します。鼡径管は、鼡径靱帯に沿って外側後方から内側前方へと続きます。
鼡径管の中を男性では精索(精管や精巣動脈・静脈なせいさく
ど)が通過し、女性では子宮円索が通過します。えんさく
図6-49 男性における鼡径管とそれを通る精索・神経
【鼡径ヘルニア】
鼡径管が大きく広がり過ぎ、泣くなどによって腹圧が高
まると鼡径管から腸が飛び出すことがある。これを鼡径
ヘルニアと呼ぶ。頻度は、女性よりも男性が20倍ぐらい
多い。鼡径ヘルニアを腸ヘルニアとも呼ぶことがある。
6.上肢の骨格筋
上肢の骨格筋には、姿勢を維持する働きがなく、手を
使った仕事ができるように働きます。
1)上肢帯の骨格筋
上肢帯の骨格筋は、肩とその周囲に存在し、肩関節のかた
運動に関与しています。
①三角筋
三角筋 deltoid muscleは、肩の皮下組織の深層に存在する強力な骨格筋で、この厚い筋性の塊が肩の丸みを
つくります。
三角筋の起始は、鎖骨や肩峰の外側縁、肩甲棘の下縁けんぽう
などです。この骨格筋線維は、収束し、上腕骨体の外側
面にある三角筋粗面に停止します。そ めん
図6-50のように、三角筋は上腕の強力な外転筋ですが、外転の開始は棘上筋がおこないます。また、三角筋の鎖
骨部は、大胸筋の鎖骨部と共同で肩関節を屈曲させます。
腋窩神経からの分枝が三角筋を支配します。え き か
図6-50 右の三角筋(左)と上腕の外転(右)を示す
②大円筋
大円筋 teres major muscleは、肩甲骨の下角から始まり、上腕骨の小結節稜に停止します。この骨格筋は上
腕の伸展や内旋に関係します。字をたくさん書くヒトで
は疲労しやすい骨格筋です。
肩甲下神経からの分枝が、大円筋を支配します。けんこうか
図6-51 右の大円筋(左)と上腕の伸展(右)を描く
- 134 -
図6-52 右の肩関節の保護筋を示す
③肩関節の保護筋
肩関節の運動に関係し、肩関節の脱臼を防ぐ筋には、だつきゆう
肩甲下筋や棘 上筋、棘下筋、小円筋が存在します。けんこう か きん きよくじようきん
棘上筋は、肩関節の外転の開始に関与します。
図6-53 右の肩での外転と挙上を模式的に表す
2)上腕の骨格筋
上 腕の前面には肘関節の屈曲に関与する骨格筋(上腕じょうわん
二頭筋、上腕筋)が存在し、後面には肘関節の伸展に関与
する骨格筋(上腕三頭筋)があります。前面の骨格筋は
筋皮神経からの分枝で支配され、後面のものは橈骨神経きん ぴ とうこつ
からの分枝によって支配されます。
①上腕二頭筋
上腕二頭筋 biceps brachii muscleは、上腕の前面の皮下組織の深層に存在します。この筋の長頭は関節上結
じよう
節から始まり、短頭は烏口突起の先端から起こります。うこ う
長頭は肩関節腔や結節間溝を通過します。この骨格筋の
停止腱は橈骨の橈骨粗面に停止します。とうこつ そ めん
上腕二頭筋は、肘関節が強い抵抗を受けながら屈曲す
図6-54 右の上腕に存在する骨格筋を示す
るときに作用し、また抵抗を受けながら回外するときに
も働きます。
筋皮神経からの分枝が上腕二頭筋を支配します。
②上腕筋
上腕筋 brachialis muscleは、上腕二頭筋の深層に存在し、肘関節での屈曲の主動作筋です。上腕筋は、上腕
骨体の前面から始まり、尺骨の尺骨粗面に停止します。
上腕筋は、筋皮神経からの分枝で支配されます。
図6-55 肘関節での屈曲を模式的に示す
③烏口腕筋
烏口腕筋 coracobrachialis muscleは、烏口突起の先う こうわんきん
端から始まり、上腕骨体の内側縁の中央部に停止します。
烏口腕筋は上腕を屈曲させます。
筋皮神経からの分枝がこの骨格筋を支配します。
- 135 -
図6-56 右の上腕三頭筋(左)と肘関節の伸展(右)を描く
④上腕三頭筋
上腕三頭筋 triceps brachii muscleは、上腕の後面の皮下組織の深層に存在し、肘関節での伸展の主動作筋で
しんてん
す。この長頭は肩甲骨の関節下結節から始まり、外側頭か
は上腕骨体の後面の上部、内側頭は上腕骨体の後面の下
部から始まります。これらの共通の停止腱は、尺骨の
肘 頭に停止します。ちゆうとう
上腕三頭筋は、肘関節の強力な伸展筋です。
三つの筋頭は、橈骨神経から1本~2本の分枝をそれ
ぞれ受けます。
3)前腕の骨格筋
前腕の前面に存在する骨格筋は、手頚と指の屈曲ある
いは回内に関与し、正 中神経あるいは尺 骨神経の支配せいちゅう しゃっこつ
を受けます。
一方、前腕の後面に存在する骨格筋は、手頚・指の伸
展や回外などをおこない、橈骨神経の支配を受けます。
図6-57 右の前腕の前面に存在する骨格筋を示す
①前腕の前面に存在する骨格筋群
図6-60で示すように、肘窩の外側縁を形成する腕橈骨わんとうこつ
筋(橈骨神経支配)は、前腕が半ば回内の状態で肘を屈曲
させます。
手頚の屈曲運動に関係する骨格筋としては、上腕骨の
内側上顆から始まる橈側手根屈筋(正中神経支配)やないそくじよう か とうそくしゅこんくっきん
尺 側手根屈筋(尺骨神経支配)が存在します。さらに、橈しゃくそく
側手根屈筋は、長橈側手根伸筋・短橈側手根伸筋ととも
に働き、手頚を外転させます。また、尺側手根屈筋は、
尺側手根伸筋とともに作用し、手頚を内転させます。
内側上顆から始まる長 掌筋(正中神経支配)は、屈筋ちようしようきん
支帯の浅層を通過し、手 掌筋膜に停止し、手頚の屈曲にし たい しゅしょう
関与しますが、ヒトによっては存在しないことがありま
す(約4%)。◆円回内筋(正中神経支配)は、前腕の前面の皮下組織のえんかいない
深層に存在し、内側上顆から始まり、橈骨に停止します。
円回内筋は、強力に前腕を回内させる時に働きます。
◆方形回内筋(正中神経支配)は、前腕の前面で一番深層ほうけい
に存在する骨格筋です。通常の回内運動ではこの骨格筋
が働きます。
◆浅指屈筋(正中神経支配)flexor digitorumせんしくっきん
superficialis muscleは、前腕の中間層に存在する骨格筋です。この腱は四つに分かれ、屈筋支帯の深層に存在
する手根管を通過し、第二指から第五指の中節骨底に停
止し、主として近位指節関節を屈曲させます。
前腕の深層には、深指屈筋と長母指屈筋(正中神経支し ん し ちょうぼし
配)とが存在します。
◆深指屈筋 flexor digitorum profundus muscleは、第二指から第五指の末節骨底に停止し、主に遠位指節関節
を屈曲させます。
深指屈筋の第二指と第三指とに終わる骨格筋線維は正
中神経によって支配され、第四指と第五指とに停止する
骨格筋線維は尺骨神経で支配されます。
図6-58 右の前腕深層の筋
- 136 -
図6-59 手根管を通過する腱などを模式的に示す
【手根管症候群】
手根管症候群は、手根管のなかで正中神経が周囲の浅指
屈筋や深指屈筋の腱を包む腱鞘の炎症による肥厚などに
よって圧迫を受けるために起こると考えられている。手
根管症候群は、ピアノを良く弾く人やキーボードをよくひ
使う人などに見られる。第一指から第三指と第四指の外
側半分にまで及ぶ正中神経に沿った灼 熱感と痛み、さしやくねつかん
らに母指球筋の弱体化が主な特徴です。
図6-60 前腕の後面に存在する骨格筋を示す
②前腕の後面に存在する骨格筋群
◆回外筋は、上腕骨や尺骨などから始まり、橈骨に停止かいがいきん
します。回外筋は、前腕を回外させます。
◆浅層には、上腕骨の外側上顆から始まる長橈側手根伸
筋や短橈側手根伸筋、総指伸筋、小指伸筋、尺側手根伸し し ん
筋などが存在します。
◆総指伸筋の腱は、四つに分かれて伸筋支帯の深層を通
過し、第二指から第五指の中節骨や末節骨などに停止し、
指節関節を伸展させます。
◆深層には、長母指外転筋や短母指伸筋、長母指伸筋、がいてん
示指伸筋などがあります。短母指伸筋は母指の基節骨底し し
に停止し、長母指伸筋は母指の末節骨底に終わります。
図6-61 前腕の後面に存在する骨格筋
図6-62 手の前面の浅層に存在する骨格筋を示す
4)手の骨格筋
手掌には、指の運動に関与する数多くの小さな骨格筋しゆしよう
があります。
◆母指球には、短母指外転筋(正中神経支配)や短母指屈ぼしきゅう
筋(正中神経支配)、母指対立筋(正中神経支配)などが存
在します。
◆小指球には、小指外転筋(尺骨神経支配)や短小指屈筋
(尺骨神経支配)、小指対立筋(尺骨神経支配)などがあり
ます。
◆母指内転筋(尺骨神経支配)は、斜頭と横頭との起始が
存在し、母指の基節骨底に停止します。この骨格筋は、
母指の内転に関与します。母指内転筋が麻痺すれば、物
が握れません。
◆虫様筋は、指の基節骨を中手指節関節で屈曲させ、中ちゅうようきん
節骨と末節骨とを伸展させます。この筋は、鉛筆や箸をはし
持つときに関与する筋です。
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図6-63 鉛筆を支える母指や示指での屈曲を示す
◆四つの背側骨間筋(尺骨神経支配)は、第二指と第四指、はいそく
第五指を外転させます。
◆三つの掌 側骨間筋(尺骨神経支配)は、第二指と第四指、しょうそく
第五指の内転に関係します。
図6-64 背側および掌側の骨間筋を示す
これらの指の動きに関係する小さな骨格筋は、中枢神
経系(脳と脊髄)あるいは神経の障害によって麻痺が起こ
ると、急速に退化する傾向があります。そのため、これ
らの障害時には、萎縮を防ぐために、麻痺した骨格筋を
他力的に頻繁に伸展させる必要があります。
図6-65 手における指の内転と外転の運動を示す
7.下肢の骨格筋
図6-66に示すように、下肢の骨格筋は、重力に逆らって直立位を維持するため、殿部の後面や大腿の前面、
で ん ぶ だいたい
下腿の後面に強力な骨格筋が存在します。かた い
図6-66 体軸と関節との位置関係を示す
1)下肢帯の骨格筋
下肢帯の骨格筋は、主に股関節の運動に関与します。こかんせつ
①腸腰筋
大腰筋と腸 骨筋とを合わせて腸 腰筋 iliopsoasだいよう ちょうこつ ちょうよう
muscleと呼びます。大腰筋は第十二胸椎から第五腰椎までの横突起の基部
や椎体、椎間円板などから始まり、鼡径靭帯の下を通過そ けいじんたい
し、股関節の前を通り大腿骨の小転子に停止します。
腸骨筋は、腸骨窩の上部から始まり、大腰筋の腱の外か
側面に加わり、大腿骨の小転子に停止します。
腸腰筋は、大腿を前方に引き上げ、股関節を屈曲させ
ます。
腰神経叢の神経が大腰筋を支配し、大腿神経からの分よう
枝が腸骨筋を支配します。
図6-67 右側での大腰筋と腸骨筋を示す模式図
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図6-68 腸腰筋による右の股関節の屈曲を模式的に示す
②大殿筋
大殿筋 gluteus maximus muscleは、殿部の皮下脂だいでんきん でん ぶ
肪の深層に存在する体の中で最も厚い骨格筋で、殿部の
高まりをつくり、股関節の後方に存在します。
大殿筋の起始は、腸骨翼の外面や腰背筋膜、仙骨と尾ちようこつよく
骨の背面、仙結節靭帯などです。この骨格筋の約四分の
一が大腿骨体の後面の殿筋粗面に停止し、残りの四分のでんきんそめん
三は腸 脛靭帯に終わります。ちょうけい
大殿筋は、股関節を伸展させますが、走るときや階段
を上がるときなど、重力に逆らい股関節を力でもって伸
展させる時にのみ使用されます。
仙骨神経叢に属する下殿神経の分枝がこの骨格筋を支せんこつしんけいそう かで ん
配します。
図6-69 右の大殿筋を側方(左)と後方(右)とから描く
図6-70 大殿筋による股関節の伸展を示す
③中殿筋
中殿筋 gluteus medius muscleは、大殿筋よりも深層に存在し、腸骨稜と腸骨の殿筋面とから始まり、股関
節の上方を通過し、大腿骨の大転子に停止します。
中殿筋は、股関節の外転筋として働き、歩行時などで、
図6-71 右の中殿筋(左)とその働き(右)を模式的に示す
地上から足が離れ、体を支えることができなくなった側
の骨盤が下がることを、小殿筋とともに収縮し防ぎます。
中殿筋には上 殿神経からの分枝が分布します。じょうでん
【トレンドブルク徴候】
中殿筋と小殿筋とが麻痺すると、歩行時などに地上か
ら足が離れた側の骨盤が下がる。この現象をトレンデレ
ンブルグ徴 候陽性と呼ぶ。ちょうこう
④小殿筋
小殿筋 gluteus minimus muscleは、中殿筋よりも深層に存在し、中殿筋の起始よりも下部の腸骨の殿筋面か
ら始まり、大腿骨の大転子の前面に停止します。
小殿筋は、中殿筋や大腿筋膜張筋などとともに股関節
を外転させます。さらに、この前部の骨格筋線維は大腿
を内旋させます。
上殿神経からの分枝が小殿筋を支配します。
⑤六つの外旋筋群
股関節の外旋に関与する六つの骨格筋が、殿部の深部がいせん
に存在します。梨状筋や内閉鎖筋、上双子筋、下双子筋、りじょう ないへい さ きん じょうそうし か そ う し
大腿方形筋、外閉鎖筋(閉鎖神経の支配)などです。だいたいほうけいきん
図6-72 中・小殿筋と外旋筋を後(左)と前(右)から描く
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2)大腿の骨格筋
①縫工筋
縫工筋 sartorius muscleは、体の中で最も長い骨格ほうこう
筋で、腸骨の上前腸骨棘から始まり、大腿の皮下組織の
深層に存在する表層の骨格筋として斜め内側に走行し、
膝の内側を通過して脛骨の上部に停止します。
縫工筋は、強力な骨格筋ではないが、股関節を屈曲、
外転、外旋し、膝関節を屈曲、内旋します。なお、この
筋は、股関節と膝関節とを同時に屈曲させるとき、すな
わち、階段を上るときに、上の段に下肢を持ち上げる動
作などに使われます。
縫工筋の支配神経は大腿神経の分枝です。
図6-73 右の縫工筋を示す
図6-74 股関節の屈曲と膝関節の屈曲を模式的に描く
②大腿四頭筋
大腿四頭筋 quadriceps femoris muscleは、大腿の前面に存在する四つの筋頭(大腿直筋、外側広筋、内側広
だいたいちよくきん がいそくこうきん
筋、中間広筋)を持つ骨格筋です。
◆大腿直筋は、寛骨から始まり、膝蓋骨に停止するので、しつがい
股関節と膝関節との二つの関節に働きます。つまり、大
腿直筋は、股関節を屈曲させ、膝関節を伸展させるよう
な動作(ボールを足でけるような動作)の時に働きます。
◆残りの三つの広筋は、大腿骨に起始が存在し、膝蓋骨
に停止します。膝蓋骨は膝蓋靭帯で脛骨に結びつけられけいこつ
ているので、結局、大腿四頭筋は、脛骨を引張り、膝関
節を伸展させます。大腿四頭筋は、膝関節の強力な伸筋
で、この骨格筋が麻痺すれば、いかなる骨格筋も膝を伸
展させることができません。
大腿四頭筋には大腿神経の分枝が分布しています。
図6-75 右の大腿四頭筋(左)と膝関節の伸展(右)を示す
③大腿の後面の筋
大腿の後面には、大腿二頭筋や半腱様筋、半膜様筋なだいたい に とうきん はんけんよう はんまくようきん
どが存在し、膝関節を屈曲させます。
これらの骨格筋は、坐骨から始まり、股関節の後方を
通過するので、膝関節が伸展した状態で股関節を伸展さ
せる働きもあります。
大腿二頭筋や半腱様筋、半膜様筋は坐骨神経からの分ざこ つ
枝で支配されます。
図図6-76 右の大腿後面の筋(左)と膝関節の屈曲(右)
◆大腿二頭筋
大腿二頭筋 biceps femoris muscleの起始には、長頭と短頭とが存在します。長頭は坐骨結節から始まり、短
頭は大腿骨の後面の下部などから始まります。これらの
筋頭は膝関節の上方で合流し、腓骨頭に停止します。
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④大腿の内転筋群
寛骨の前部と大腿骨の内側縁との間には、股関節を内
転させる強力な大きな内転筋群が存在します。
この筋群には、薄筋(閉鎖神経が支配)や恥骨筋(大腿神はくきん ち こつきん
経支配)、長内転筋(閉鎖神経支配)、短内転筋(閉鎖神経
支配)、大内転筋などが存在します。
図6-77 右の大腿の内転筋群(左)と股関節の内転(右)
【大腿三角】
大腿三角は、鼡径靱帯と縫工筋、長内転筋で囲まれた部そ けいじんたい
位です。この部位を被う骨格筋がなく、皮膚の直下に、大
腿動脈の拍動を脈として触れることができます。また、大はくどう
腿三角では、内側から外側にかけて大腿静脈、大腿動脈、
大腿神経が存在します。
図6-78 右の大腿三角を示す
3)下腿の骨格筋
下腿の伸筋群には、前脛骨筋や長趾伸筋、第三腓骨筋、か たい ぜんけいこつきん ちようししん ひ こつ
長母趾伸筋などが存在し、深腓骨神経の分枝が支配しまちよう ぼ し しんひこつ
す。
下腿の外側部に存在する腓骨筋群には、長腓骨筋と短
腓骨筋があり、浅腓骨神経の分枝が支配します。せん ひ こつ
下腿の屈筋群には、下腿三頭筋や足底筋、膝窩筋、後しつ か きん
脛骨筋、長趾屈筋、長母趾屈筋などがあり、脛骨神経か
らの分枝が支配します。
①下腿の伸筋群
下腿の伸筋群には、前脛骨筋や長趾伸筋、長母趾伸筋、
第三腓骨筋が存在します。これらの筋は、伸筋支帯の深
層を通過します。長趾伸筋は、母趾を除き、第二趾からぼ し
第五趾(小趾)までの趾を伸展させます。長母趾伸筋は、
母趾を伸展させます。第三腓骨筋は、第五中足骨底の背
側面の内側部に停止しますが、日本人では約5%のヒト
で欠けます。
◆前脛骨筋
前脛骨筋 tibialis anterior muscleは、下腿前面の皮下組織の深層に存在し、下腿の伸筋の中で最も重要で、
最も強力です。前脛骨筋は、脛骨の外側面から始まり、
外側面に接しながら下降し、距腿関節の前方を通過しまきよたい
す。前脛骨筋の腱は、足の内側縁から足底に向かい、第
一中足骨の底や内側楔 状骨の底面まで追跡することがでけつじょう
きます。
前脛骨筋は、距腿関節の背屈の主要な骨格筋で、足のはいくつ
内反にも関与します。ないはん
図6-79 右の前脛骨筋(左)と距腿関節の背屈(右)を示す
②腓骨筋群
腓骨筋群には、長腓骨筋と短腓骨筋とがあります。
◆長腓骨筋 fibularis longus muscleは腓骨の外側面の上部から始まり、短腓骨筋は腓骨の外側面の下部から始
まります。これらの腱は外果の後方を通過し、足底に入が い か
ります。
◆短腓骨筋 fibularis brevis muscleの腱は第五中足骨底に停止し、長腓骨筋の腱は第一中足骨底と内側楔状骨
の底面に終わります。
腓骨筋群は足の外反に関与します。また、長腓骨筋はがいはん
後脛骨筋と同じく距腿関節の底屈をおこないます。これ
らの骨格筋の神経支配は浅腓骨神経の分枝です。せんひこつ
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図6-80 右側での下腿の骨格筋を外側から描く
③下腿の屈筋群
下腿の屈筋群には、下腿三頭筋(腓腹筋、ヒラメ筋)やひ ふくきん
足底筋、膝窩筋、後脛骨筋、長趾屈筋、長母趾屈筋があそくていきん しつ か きん こうけいこつきん ちよう し くつきん
ります。
◆下腿三頭筋
下腿三頭筋 triceps surae muscleは、腓腹筋とヒラメ筋とから構成され、共通の腱をつくり、踵 骨腱(アキ
しょうこつ
レス腱)として踵骨に停止します。下腿三頭筋は、足を
底屈し、カカトを持上げるのに重要な役割を果たします。ていくつ
下腿三頭筋の支配神経は脛骨神経の分枝です。踵骨腱
には血管が乏しく、後脛骨動脈からの分枝が主に供給し
ます。
●腓腹筋 gastrocnemius muscleは、下腿の皮下組織の深層に存在する二頭筋で、外側頭は大腿骨の外側顆の外
側面から生じ、内側頭は内側顆の上部と後面とから始ま
ります。そのために、膝関節が屈曲した状態では腓腹筋
はたるみ働くことができません。膝関節が伸展した状態
でのみ、腓腹筋は距腿関節を底屈させます。
●ヒラメ筋 soleus muscleは、腓腹筋の深層に存在し、脛骨の後面のヒラメ筋線と腓骨の後面の上四分の一、両
者の間のヒラメ筋腱弓などから始まります。そのため、けんきゆう
ヒラメ筋は、膝関節節が屈曲した状態でも、距腿関節を
底屈させることができます。
【踵骨腱の断裂】
踵骨腱の断裂は中年男性によくみられ、テニス選手に頻
発する。断裂が起こりやすい部位は、この腱の細くなっ
た部位(腱の停止部より約5 cm上)です。腱の切断とともに急激な痛みと運動不能がおこり、腓腹筋とヒラメ
筋が上方転位を示し、踵骨腱部の陥凹が触れる。
図6-81 右の下腿三頭筋(左)と立位時の働き(右)を示す
◆長母趾屈筋
長母趾屈筋は、腓骨の後面の下部から始まり、内果のひ こつ ない か
後方や載距突起の下を通過し、母趾の末節骨底に停止しさいきょとっき
ます。
長母趾屈筋は、母趾や距腿関節の底屈をおこない、内
側縦足底弓の維持に関与します。
脛骨神経の分枝がこの骨格筋を支配します。
図6-82 右の長母趾屈筋を後方から描く
4)足の骨格筋
①足背
足背には、骨格筋が乏しく、薄く細い短母趾伸筋と短そくはい たん ぼ し しん
趾伸筋とが存在するだけです。これらの骨格筋は、深腓
骨神経の分枝で支配されます。
◆短母趾伸筋は、踵骨の上外側面の前部とその周辺とか
ら始まり、母趾の基節骨底の背側に停止し、母趾を伸展
させます。
◆短趾伸筋も踵骨の外側面の前部とその周辺とから始ま
り、三つの腱に別れ、第二趾から第四趾の長趾伸筋の腱
の外側面に付着し、第二趾から第四趾を伸展させます。
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図6-83 右の足背の筋(左)と足底での第一層の筋(右)
②足底
足底には、足背と異なり、趾の運動に関係する多数のそくてい ゆび
骨格筋が四層構造を形成し、ふくよかな感じがします。
◎第一層
第一層には、母趾外転筋や短趾屈筋、小趾外転筋があぼ し がいてんきん たん し くつきん しよう し
ります。
◆母趾外転筋は、主に屈筋支帯とその周辺とから始まり、くつきん し たい
母趾の基節骨底の内側面に停止し、母趾を外転させます。
この筋には、内側足底神経からの分枝が分布します。
◆短趾屈筋は、踵骨隆起内側突起や足底腱膜の中央部か
ら始まり、四つの腱に分かれ、各趾の基節骨底の付近で
腱が二分し、長趾屈筋の腱が通過する腱裂孔を形成したけんれつこう
後に、第二趾から第五趾の中節骨底に付着します。短趾
屈筋は、第二趾から第五趾の近位趾節間関節を屈曲させ
ます。この骨格筋は内側足底神経の分枝で支配されます。
◆小趾外転筋は、踵骨隆起内側突起や、外側突起、その
周辺などから始まり、第五趾の基節骨底の外側面に停止
します。小趾外転筋は、第五趾の中足趾節関節を屈曲さ
せます。外側足底神経の分枝がこの骨格筋を支配します。
◎第二層
第二層は、足底方形筋と四つの虫 様筋で構成されます。ほうけい ちゅうよう
◆足底方形筋は、長趾屈筋の働きを助け、外側足底神経
によって支配されます。歩行時や走行時に、第二趾から
第五趾の趾節関節を伸展させ、趾が曲がるのを防止。
◎第三層
第三層には、短母趾屈筋と母趾内転筋があります。
◆母趾内転筋の横頭は、中足骨頭を寄せ集め、足の前部
の安定化と横足弓の維持に貢献します。
図6-84 右の足底での第二・三層の骨格筋を示す
◎第四層
第四層は、趾の外転に関与する背側骨間筋(四個)と趾はいそくこっかん
の内転をおこなう底側骨間筋(三個)とで構成されます。
図6-85 右の背側骨間筋(左)と底側骨間筋(右)を示す
図6-86 歩行や走行の際に足底弓を維持する筋を示す