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越美山系における深層崩壊に起因する土砂災害に対するハード対策の検討事例(その2) 国土交通省 中部地方整備局 越美山系砂防事務所 吉野睦,片桐知治,大森徹治,大前秀明 アジア航測株式会社 ○坂口宏,江口友章,冨田康裕 1. はじめに 越美山系砂防事務所管内では,根尾西谷川流域を対象に天然ダムタイプ(短期決壊型)の深層崩壊現象に対す る事前のハード対策を検討し,不透過型堰堤(ローダム)1 基新設することで堰堤下流域の氾濫被害を大幅に低 減でき,かつ費用対効果も高いことを明らかにしている。本稿では、その後の検討として,根尾西谷川流域にお ける深層崩壊対策として,新設堰堤の下流に位置する既設堰堤の取扱いや,深層崩壊に起因する土砂災害(土石 流・天然ダムの決壊)の外力に対する補強対策の考え方について報告する。 2. 検討対象堰堤および計画対象現象 本稿における深層崩壊対策の検討対象堰堤およ び計画対象現象を以下に示す(図 1)。 検討対象堰堤 計画堰堤:西谷川第 2 砂防堰堤 既設堰堤:倉見砂防堰堤・根尾西谷川砂防堰堤 計画対象現象 天然ダムの決壊:最大規模×3 斜面 (根尾西谷川 20、根尾西谷川 15、根尾西谷川 34土石流:最大規模×2 斜面 (根尾西谷川右支渓 1110、根尾西谷川右支渓 4133. 安定性の照査 検討対象堰堤について,水系砂防計画の計画流量 (現行基準)に加え,深層崩壊発生時(天然ダム、 土石流)の安定性を評価した(表 1)。なお,既設堰堤(倉見砂防堰堤、根尾西谷川砂防堰堤)は,現況で満砂状 態にあること,計画施設(西谷川第 2 砂防堰堤)は,完成直後は未満砂であるが 30 年程度で満砂すると想定され ることより,満砂時の安定計算も実施した(表 2)。安定計算結果を以下に示す。 既設堰堤(倉見砂防堰堤・根尾西谷川砂防堰堤) 倉見砂防堰堤は,深層崩壊(天然ダム)の外力以前に水系計画現象で不安定である。まずは,水系計画現象規 模に対応した補強が必要となる。根尾西谷川砂防堰堤は,水系計画現象では安定であるが,深層崩壊(天然ダム) の外力に対しては不安定となる(極限設計とした場合は安定)。 計画堰堤(西谷川第 2 砂防堰堤) 深層崩壊(天然ダム)の外力に対し緩和設計であれば安定する(通常設計で安定する補強対策検討の余地有)。 また,土石流の外力に対しては,巨礫の衝突を考慮しない場合,越流部・非越流部ともに緩和設計であれば安 定する。 図 1 検討対象堰堤および計画対象現象 空虚 満砂 空虚 満砂 未満砂 満砂 巨礫衝突 越流部 ⾮越流部 越流部 ⾮越流部 越流部 ⾮越流部 9.5 14.5 深層崩壊対策 天然ダムタイプ ⼟⽯流タイプ 16.0 倉⾒砂防堰堤 根尾⻄⾕川砂防堰堤 ⻄⾕川第2砂防堰堤 既設 既設 計画 施設名 種別 堰堤⾼ (m) 検討断⾯ ⽔系計画 平常時 (地震時) 洪⽔時 表 2 安定計算検討ケース 通常設計 緩和設計 極限設計 荷重の合⼒の作⽤線と堤底 との交点が堤底の中央1/3 (ミドルサード)以内 荷重の合⼒の作⽤線と堤底 との交点が堤底の1/3以内 (底⾯中央の2/3内)まで許 下流側つま先を超えない範 囲まで荷重の合⼒線を許容 (B/6以内) (B/3以内) (B/2以内) 砂礫 地盤 安全率:n=1.2(1.5) 安全率:n=1.1(1.3) (中間値) 安全率:n=1.0 (極限まで緩和) 岩盤 全体安全率:n=4.0 (局所安全率:n'=2.0) 全体安全率:n=3.6 (局所安全率:n'=1.8) 全体安全率:n=3.2 (局所安全率:n'=1.6) 安全率:3(⻑期) (極限⽀持⼒×1/3以内) 安全率:2(短期) (極限⽀持⼒×1/2以内) ※通常設計の1.5倍まで許容 地盤⽀持⼒=極限⽀持⼒ 地盤⽀持⼒ 転倒 評価項⽬ 滑動 表 1 緩和条件 根尾西谷川砂防堰堤 (既設) 15 20 34 1110 413 倉見砂防堰堤 (既設) 西谷川第 2 砂防堰堤(計画) P-080 - 531 -

P-080 · 2019-05-19 · Case2 ) 0.00 6. おわりに 本検討により,根尾西谷川の深層崩壊対策として,計画施設の補強対策や既設施設の位置づけを明確化するこ

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Page 1: P-080 · 2019-05-19 · Case2 ) 0.00 6. おわりに 本検討により,根尾西谷川の深層崩壊対策として,計画施設の補強対策や既設施設の位置づけを明確化するこ

越美山系における深層崩壊に起因する土砂災害に対するハード対策の検討事例(その2)

国土交通省 中部地方整備局 越美山系砂防事務所 吉野睦,片桐知治,大森徹治,大前秀明 アジア航測株式会社 ○坂口宏,江口友章,冨田康裕

1. はじめに

越美山系砂防事務所管内では,根尾西谷川流域を対象に天然ダムタイプ(短期決壊型)の深層崩壊現象に対す

る事前のハード対策を検討し,不透過型堰堤(ローダム)を 1 基新設することで堰堤下流域の氾濫被害を大幅に低

減でき,かつ費用対効果も高いことを明らかにしている。本稿では、その後の検討として,根尾西谷川流域にお

ける深層崩壊対策として,新設堰堤の下流に位置する既設堰堤の取扱いや,深層崩壊に起因する土砂災害(土石

流・天然ダムの決壊)の外力に対する補強対策の考え方について報告する。

2. 検討対象堰堤および計画対象現象

本稿における深層崩壊対策の検討対象堰堤およ

び計画対象現象を以下に示す(図 1)。

① 検討対象堰堤

計画堰堤:西谷川第 2 砂防堰堤

既設堰堤:倉見砂防堰堤・根尾西谷川砂防堰堤

② 計画対象現象

天然ダムの決壊:最大規模×3 斜面

(根尾西谷川 20、根尾西谷川 15、根尾西谷川 34)

土石流:最大規模×2 斜面

(根尾西谷川右支渓 1110、根尾西谷川右支渓 413)

3. 安定性の照査

検討対象堰堤について,水系砂防計画の計画流量

(現行基準)に加え,深層崩壊発生時(天然ダム、

土石流)の安定性を評価した(表 1)。なお,既設堰堤(倉見砂防堰堤、根尾西谷川砂防堰堤)は,現況で満砂状

態にあること,計画施設(西谷川第 2 砂防堰堤)は,完成直後は未満砂であるが 30 年程度で満砂すると想定され

ることより,満砂時の安定計算も実施した(表 2)。安定計算結果を以下に示す。

① 既設堰堤(倉見砂防堰堤・根尾西谷川砂防堰堤)

倉見砂防堰堤は,深層崩壊(天然ダム)の外力以前に水系計画現象で不安定である。まずは,水系計画現象規

模に対応した補強が必要となる。根尾西谷川砂防堰堤は,水系計画現象では安定であるが,深層崩壊(天然ダム)

の外力に対しては不安定となる(極限設計とした場合は安定)。

② 計画堰堤(西谷川第 2 砂防堰堤)

深層崩壊(天然ダム)の外力に対し緩和設計であれば安定する(通常設計で安定する補強対策検討の余地有)。

また,土石流の外力に対しては,巨礫の衝突を考慮しない場合,越流部・非越流部ともに緩和設計であれば安

定する。

図 1 検討対象堰堤および計画対象現象

空虚 満砂 空虚 満砂 未満砂 満砂 巨礫衝突

越流部 ○ ○ ○ ○ ○

⾮越流部

越流部 ○ ○ ○ ○

⾮越流部

越流部 ○ ○ ○ ○ ○ ○

⾮越流部 ○ ○

9.5

14.5

深層崩壊対策

天然ダムタイプ ⼟⽯流タイプ

16.0倉⾒砂防堰堤

根尾⻄⾕川砂防堰堤

⻄⾕川第2砂防堰堤

既設

既設

計画

施設名 種別 堰堤⾼(m) 検討断⾯

⽔系計画

平常時(地震時)

洪⽔時

表 2 安定計算検討ケース

通常設計 緩和設計 極限設計

荷重の合⼒の作⽤線と堤底との交点が堤底の中央1/3(ミドルサード)以内

荷重の合⼒の作⽤線と堤底との交点が堤底の1/3以内(底⾯中央の2/3内)まで許

下流側つま先を超えない範囲まで荷重の合⼒線を許容

(B/6以内) (B/3以内) (B/2以内)

砂礫地盤 安全率:n=1.2(1.5)※ 安全率:n=1.1(1.3)※

(中間値)安全率:n=1.0(極限まで緩和)

岩盤全体安全率:n=4.0

(局所安全率:n'=2.0)全体安全率:n=3.6

(局所安全率:n'=1.8)全体安全率:n=3.2

(局所安全率:n'=1.6)

安全率:3(⻑期)(極限⽀持⼒×1/3以内)

安全率:2(短期)(極限⽀持⼒×1/2以内)※通常設計の1.5倍まで許容

地盤⽀持⼒=極限⽀持⼒地盤⽀持⼒

転倒

評価項⽬

滑動

表 1 緩和条件

根尾西谷川砂防堰堤

(既設)

15

20

34 1110

413

倉見砂防堰堤

(既設)

西谷川第 2 砂防堰堤(計画)

P-080

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Page 2: P-080 · 2019-05-19 · Case2 ) 0.00 6. おわりに 本検討により,根尾西谷川の深層崩壊対策として,計画施設の補強対策や既設施設の位置づけを明確化するこ

4. 補強案の検討

4.1, 被害軽減額の確認

二次元氾濫シミュレーションを用い

て,天然ダム決壊時の氾濫被害の低減

に対する既存施設の影響を確認した。

既設堰堤 2 基を補強した場合の被害軽

減額 83.9 億円に対し,既設堰堤 2 基が

流出した場合の被害軽減額は 82.2 億円

で差は 1.7 億円(表 3)であり,既設堰

堤の安定性は氾濫被害の軽減には寄与

しないことが判明した。

4.2, 深層崩壊対応堰堤の選定

検討対象堰堤の制約条件(堆砂条件、地質

条件,工事用道路、付帯施設など)を整理し

た上で,深層崩壊対応堰堤の選定フローを検

討した(図 2)。

選定フローより,既設堰堤である根尾西谷

川砂防堰堤と倉見砂防堰堤は,事前のハード

対策は行わずに,深層崩壊の発生により万一

被災した場合には事後の修繕・復旧で対応す

る方針とした。

計画堰堤である西谷川第 2 砂防堰堤は,通

常設計で深層崩壊に対する事前の補強対策を

実施する堰堤として位置付けた。

4.3, 西谷川第 2 砂防堰堤の補強対策

事前の補強対策として,外的安定性の向上

(堰堤の増厚やアンカー補強等)や内的安定

性の向上(袖部の鉄筋補強等)が考えられるが,本検討では,基幹となる“本堰堤の本体の損壊を許容しない”

対策を優先し,堤体の増厚を実施することとした。また,全国で被災した堰堤の事例収集結果より,本堤基礎の

洗掘事例が最も多いことから,侵食対策(護床工)も事前対策として実施することとした。

5. 費用対効果による確認

費用対効果分析は,「砂防事業の費用便益分析マニュアル(案)」を踏まえ直接被害抑止効果(一般資産被害、

農作物被害、公共土木施設等被害)及び間接被害抑止効果(営業停止被害、応急対策費用)を計上した。

費用対効果分析の結果,事前対策として選定した「堰堤の増厚+護床工」は Case4 に該当し,B/C は 1 以上

を確保できていることを確認した(図 3,表 4)。

6. おわりに

本検討により,根尾西谷川の深層崩壊対策として,計画施設の補強対策や既設施設の位置づけを明確化するこ

とができた。今後は選定した補強対策案の設計段階への移行とともに,事業化のために費用対効果の精査が課題

である。

深層崩壊に対する事前の

改築・補強対策を検討

(通常設計)

被災後の修繕・復旧で対応深層崩壊に対する事前の

改築・補強対策を検討

(緩和設計)

既設?新設?

既設 新設

安定性OK

通常の土石流・

水系砂防上の安定性

安定性NG

深層崩壊被災リスク

あり なし

被災後の修繕・復旧で対応

深層崩壊外力に対する安定性

<通常設計>

高い

補強・改築の制約条件

あり,著しいなし,少ない

深層崩壊対策は検討しない

安定性OK(通常設計)安定性NG(通常設計)

深層崩壊対策は検討不要改築・補強対策の実現性

保全対象の重要度

費用対効果

※どの程度条件を緩和する

かはその都度判断

低い

安定性OK(緩和設計※) 安定性NG(緩和設計※)

深層崩壊外力に対する安定性

<緩和設計※>

通常の土石流対策・水系対策の改築検討

表 3 氾濫被害の低減に対する既存施設の影響

ケースNo.

西谷川第2砂防堰

根尾西谷川砂防堰堤

倉見砂防堰堤

①事業を実施

しない場合

(現況施設時)

②事業を実施

した場合

(深層崩壊

対策完了時)

③被害軽減額(①-②)

B1 OK NG NG 392.2 309.9 82.2

B2 OK OK NG 392.2 309.0 83.1

B3 OK NG OK 392.2 305.4 86.7

B4 OK OK OK 392.2 308.2 83.9

被害額 (億円)検討ケース

億円

1.7

図 2 深層崩壊対応堰堤の選定フロー

図 3 費用対効果分析結果

表 4 費用対効果分析ケース ケース 内容

Case1水系計画対応堰堤(事前対策無し)※緩和設計を許容

Case2天然ダム対応堤体断面

(決壊流量 10,741 m3/s時)

Case3土石流対応堤体断面

(土石流ピーク流量 1,940 m3/s時)

Case4天然ダム対応堤体断面+護床工

(決壊流量 10,741 m3/s時)

Case5天然ダム対応堤体断面+護床工+護岸工

(決壊流量 10,741 m3/s時)

Case6土石流対応堤体断面+袖部鉄筋補強

(土石流ピーク流量 1,940 m3/s時)

Case7天然ダム対応堤体断面

(決壊流量 7,500 m3/s時)

Case8天然ダム対応堤体断面

(決壊流量 5,000 m3/s時)

1.231.14 1.20

1.050.97

1.19

1.020.87

0.00

0.20

0.40

0.60

0.80

1.00

1.20

1.40

1.60

B/C1 B/C2 B/C3 B/C4 B/C5 B/C6 B/C7 B/C8

費用効果便益比

(B

/

C)

7500m3/s

5000m3/s

侵食防止工 天然ダム流量低減

護床工 護床工

護岸工

水系

計画

対応

天然

ダム

タイプ

対応

土石流

タイプ

対応

鉄筋

補強

選定案(B/C=1.05)

Case1 Case2 Case3 Case4 Case5 Case6 Case7 Case8

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